ポーランド外国投資公社(PAIZ)

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中欧の琥珀 ポーランド


 ポーランドは困難な体制転換期をくぐり抜け、いま大きく羽ばたこうとしている。ポーランドは、急速な経済成長を続けるアジアNIES諸国が「アジアの虎」と呼ばれているのに対し、「ヨーロッパの鷲」と呼ばれるにまで成長した。いま、ヨーロッパの新興市場の中でもっとも有望視されている国のひとつである。

新しい時代の幕開け

 ポーランドにおける1989年の非共産党政権の樹立は、その後の劇的な冷戦体制崩壊の幕開けであった。これは、国民が自分たちの力で国家を大きく変革できることを証明し、世界の多くの人々に希望と勇気を与えた歴史的出来事であった。この「革命」はまた一滴の血も流さず平和裏に進行し、ポーランド人の理性と英知を内外に示した。新政権は早速、バルツェロヴィチ副首相兼蔵相を先頭に新しい経済プログラムを策定し、精力的に経済体制転換に取り組んだ。

苦難の転換期

 しかしながら、自由化の道は決して平坦ではなかった。累積債務問題、急速な自由化によるハイパーインフレ、金融引き締めに伴う景気後退と失業問題、非効率な国営企業の民営化、石炭・鉄鋼・造船などを中心とした古い産業のリストラなど、困難な課題は山積みであった。とりわけ、「ショック・セラピー」の名で知られる価格自由化と強力な金融引き締め政策柱とした経済政策を採用したことが、経済に大きな負担をかけた。この政策の副作用として、一時的にハイパーインフレとなり、また、資金不足に陥った赤字企業の倒産、それに伴う失業の拡大など、深刻な経済状況に陥った。加えて、コメコン市場の崩壊、金融制度の未成熟なども重なり、いわゆる「転換リセッション」に見舞われて、経済は他の中欧諸国より大きく落ち込んだ。

安定から飛躍へ

 しかし、国民への重い負担を覚悟で断行した経済政策の成果は、1994年頃からようやく果実となってあらわれてきた。
 不採算部門のリストラと民間部門の力強い成長により、国内総生産(GDP)は1994年以降年率5%以上の伸びを示している。また、ここ数年の強い消費需要に支えられて、工業生産も年率10%近い伸びを示している。貿易部門では、EU市場との安定的な協力関係が構築されつつあり、輸出入とも高い伸びを示している。1996年には輸入が30.4%、輸出が27.5%の伸びを示した。
国際金融機関の経済再建へ向けた厳しい指導のもと、貿易赤字はほぼ解消し、国家財政赤字のGDP比も2.8%と、マーストリヒト条約が要求する3%のハードルをすでにクリアーしている。長引いた累積債務交渉も成功裏に終わった。1992年にEU連合協定を結んだのを皮切りに、1995年にWTOに加盟、さらに1996年には念願のOECD入りを果たし、完全に国際社会へ復帰した。現在は、2002年のEU正式加盟を目指して、着々と準備を進めている。
  
改革の新たなステップ

 ポーランド経済の改革は2つの段階に分けることができる。第一期はマクロ安定化と経済自由化に力点を置いた「バルツェロヴィチ・プラン」期(1989-1993年)、第二期は新しい経済制度の構築実現に徐々に力点を移した時期(1994年以降)である。  第一期のマクロ安定化は、基本的に達成されたといって良いであろう。経済自由化法案もほぼ出そろった。現在の最大の課題は、民営化が遅れている国営企業のリストラ、新しい社会の制度的枠組み(税制、年金制度、社会保障制度、教育制度、保険制度等)構築、およびEU正式加盟に向けた法的・組織的準備である。

(田口雅弘)






















データ加工: 梅田芳穂、横田武重 (1999.01.31)





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