ポーランド外国投資公社(PAIZ)
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大使対談
ヘンリック リプシッツ大使
お早うございます、大使。
兵藤長雄大使
こんにちは、お早うございます。
リプシッツ大使
どうも、大使、本当に長い間ご苦労さまでした。
兵藤大使
丁度4年越えたところでところで任期を終えて帰ることになりましたけれど、日本の外務省の慣例から見れば、長くポーランドに勤務することができ、個人的には、大変ハッピーそしてラッキーだったと思っています。
リプシッツ大使
昨日、兵藤大使の帰国をひかえてポーランドのクファシニエフスキ大統領から非常にランクの高い勲章を寄与されました。この4年間が大使にとってどう年月だったをまずお話しいただきたいと思います。私も5年間に渡る駐日ポーランド大使としてのの任務を終え、半年前、戻ったったわけですけれども、赴任当時を振り返りますと、大使はまだ外務省欧亜局長に在任中で、最初の一年半、毎日のように仕事上、あるいは社交の席でお付き合いの機会に恵まれ、非常に懐かしく思い浮かべております。大使ご夫妻が初めてポーランドにいらっしゃるとのニュースが入った時に、私ももちろん嬉しかったのですけれども、大使ご夫妻からも、非常に嬉しいと伺ったことを鮮明に思い出します。そこで5年近いご経験のご感想といいますか、ポーランドに対するご希望、期待、等を中心にお話を承りたいと思います。
兵藤大使
リプシッツ大使は、駐日の日本語を話す大使たち17、8人を誘って、特別の会を造っておられ、そのなかでも言葉が一番お達者でしたね。私もリプシッツ大使に負けないようにポーランド語の勉強を始めましたけれども、残念ながらリプシッツ大使のようには上達しないまま去るのが心残りですが、言葉の勉強を通じて、ポーランドの歴史ですとか、文化、社会、その他の分野につき深く学べたと思います。なんと言っても、この4年間はポーランドが民主化、市場経済化の道を歩み始め、飛行機でいえば離陸して、順調に上昇を始めた時期でした。政治の面でいえば、いわゆる民主化のための制度化、英語でいうインスティツショナリゼーションがほぼ終わり、その総仕上げの共和国憲法も間もなくできる。大統領選挙もあり、議会の選挙もありましたし、ポーランドではもう議会民主制が完全に定着している、そういう確信を深めました。
日本からの来訪者は「政治的な安定はどうだ」と必ず質問します。私は、今の点に加えて、ポーランドはさらに少数民族問題、民族問題が全く解消して、それが政治的な安定制を補強している、だから、政治的な安定は定着したと、そのつど強調してきた。しかも、経済面、市場経済化へ向けてのさまざまな努力、これも着実に軌道に乗り始めている。何よりもポーランドの経済成長がすでに底を打ち、1989年の水準を越えて、どんどん成長し始めている。ヨーロッパで最も高い成長率を誇っている。IMF(国際通貨基金)から優等生と評価されるまでになってきた。まさにこれからです。ポーランドの経済には問題はもちろんありますけれども、着実にEU(欧州連合)加盟に向けて、市場経済化が進んでいくのは間違いない。4年間、ワルシャワに住んでポーランドがどんどんと良い方向へ進展し、変化して、いわば日進月歩が見られたのは、外交官としてめったにない嬉しい体験でした。
リプシッツ大使
私の場合、赴任が1991年の暮れで、そのころから日本国家、特に日本経済において、面白いというか、ある意味では難しい時期が、始まったのではないかと思います。ですから振り返ってみますと、東西冷戦が終わり、バブル経済がはじけ、新しい時代にいかに対応するか、日本の政治家、評論家、オピニオンリーダーにとって大きな課題でした。日本国民の皆さんが100パーセントその難しい時期を乗り越えたとは言えないとしても、日本文化、日本国民の愛好者の私から見てみれば、今後とも新しく、難しいチャレンジがあったとしても、それに対応して、乗り越える力と創造力とバイタリティーに日本国民は溢れており、経済大国としてだけではなく国際政治の中でも重要な役割を果たすパワーが発揮されると確信します。ユーロシア大陸を挟んで、片方にはポーランドという中くらいの国があり、そして、極東には日本―面積と人口からいって中くらい、まあ、ちょっと大きいくらいの国がある。その二つの国民の間には、どう言う訳か、容易には分からないまでも、不思議と思えるくらいの親近感がお互いに昔から実際にあると思うんです。
その親近感、シンパシーのルーツ等を探って、一体どこから、どうしてそうなったか、いつ始まったのか、それを調べたり考えたりすれば、何冊かの本が軽く書けるのではないか、と私もなんどか冗談交じりに話した覚えがあります。地理的には確かに離れてはいるし、体制が違った時代も長かった。ところが日本のお客さんがポーランドを訪れて、あるいは、ポーランド人が日本へ行ったとして、必ずいい思いを持って帰ったという経験談をいくどでも聞かされます。悪い思いをした話はあまり聞きません。ですから大国の間に挟まれた国同士の歴史、あるいは国民性にどこか共通の点があるのではないかと思うわけです。そこからくる親近感がどこか深いところに流れている。これを何とかして生かし、具体的なレベルにおいて近づけられないか。これこそ外交官にとって大きな仕事だと考えます。十年前、二十年前の状況に比べ、この数年、いろんな意味で確かに日本とポーランドが近くなったな、と感慨深く思います。文化、学術交流等について言えば、前からかなり盛んに交流が行なわれてきましたが、その文化学術交流に加えて、経済交流、貿易関係も、比較的最近になってますます盛んになりつつある。それはこの対談の仕掛け人であるPAIZだけにとって嬉しい成果に止まらない。昔からあった日本ポーランド両国間の親近感を発展させ、展開させるための確かなスタート点に立ったと私は信じています。
兵藤大使
私もポーランドに住んで常に日本に対する温かい気持ち、温かい目を実感しました。どこでも歓迎され、嫌な思いをしたことは一度もありません。ポーランド人の好きな国、嫌いな国と言う世論調査のなかで、日本はいつも好きな国に入る。第一グループは伝統的にフランス、イタリア、アメリカの三国、これはよく分かるが、次のグループの中に日本が必ずくる。それは何ゆえなのか、そのルーツは何か。二つあるような気がします。一つはリプシッツ大使が言う歴史的な両国の触れ合い、これは日露戦争辺りまで遡っていく。もう一つは大使が言われたようにお互いに心がなぜか通じ合う。どうして日本人はそんなにショパンが好きななのか、ここではよくそう訊かれる。その答えとしてよく言うんですが、ショパンはポーランドの心そのもの代言している、非常に情熱的な側面と非常に傷つきやすいセンシティブな側面との両方がある。この点ではポーランド国民も両面を持ち、ある意味で日本人と共通する面がある。私はそれをポーランド魂と「ポルスカ ドゥシャ」と呼ぶのですが、日本人はそれに惹かれる面が確かにあると。1989年以降、経済関係はかなり後退して、貿易量も半分くらいに減った時代が続いた。赴任当時、日本はどうしてポーランドに投資しないのか、この質問ばかりでした。日本に一時帰国して、経済界の方と話しますと、現実のポーランドの姿とそれから経済人が抱くポーランド像には大きなギャップがある。認識が遅れていると言う印象を持った。幸いこの一年、一年半ぐらい、日本のポーランドを見る目は否定から肯定に変わってきた。ポーランドの将来性、ポーランドの現在の経済の非常によいパーフォーマンスが次第に知れわたり、21世紀のポーランドの可能性、潜在能力に注目し始めた。最近では日本の投資についても、具体的に朗報が聞こえ始めた。
リプシッツ大使
同感、そのとおりです。91〜2年の当時、日本の業界の対ポーランド姿勢には、正直な話、フラストレーションを覚えたものでした。
兵藤大使
それはそうでしょう。
リプシッツ大使
それも、それなりの理由があったとしても、一番辛かったのは、両国の相互親近感の半面、必ずしも情報の十分でない状況が続いた。それが兵藤大使のご活躍で相互間の情報量が非常に豊富となっただけではなく、ポーランドを見る目のステレオタイプがやっと崩れてきた。ポーランドはポーランド、ロシアはロシア、チェコはチェコで、いわゆる中欧、東欧の諸国にはそれぞれの特長があり、歴史があり、文化があることが理解されてきた。それを掴むまでは多少時間がかかったんですけれども、お蔭様でやっとそれも解決でき、もう何の障害もなく、非常にいい方向へ相互協力の進む環境ができたのではないかと思います。本当によかったと思いますね。
兵藤大使
確かに、公的信用供与の問題も解決しましたし、もう障害は全くない。
ポーランド人はよく働きますかと言う質問を受けるんです。率直に言って日本人の中に共産圏時代には、ポーランド人はあまり働かないと言うイメージがあったみたいだ。私がよく言うのは、それはですね、共産圏時代のポーランド人は日本の言葉で言うと面従腹背で、共産主義が本気でよいと思うポーランド国民はきわめて少なかった。つまり、まじめに働いてどうなる、共産主義政権を助けるだけじゃあないかと考える。だから、むしろ、まじめな人こそが「ハウ ツウ サボタージュ」と考えていた時代なのだ。結果として、外から見れば、働かないというイメージがあったかもしれない。しかし1989年以降、その状況は一変した。ポーランドにいる日本の企業の代表者に聞きますと、ポーランド人はよく働く。インセンティブを与えれば、なおさらよく働く。質的にも優秀であると、ここの日本のビジネスマンは口を揃える。考えればポーランドの労働コストはヨーロッパから見ればまだ安い、しかもよく働き、質がいい、しかも政治的に安定している。経済的に軌道に乗っている。これで条件はすっかり整っていると私は思う。順調な発展ぶりが、何よりの証拠ですね。
リプシッツ大使
まあ、前大統領の来日訪問もありましたし、また、日本の皇室も...........
兵藤大使
そう、高円宮がお見えでした。
リプシッツ大使
両国の戦後の歴史で日本の皇族による初のポーランド訪問は象徴的な出来事でした。同時に両国の政治、文化、経済関係の相互接近を物語ると言えるでしょう。そして、時間はかかったものの債務削減問題も、やっといい形で解決でき、すべて条件が整ってきた。今までポーランドに対する日本の投資、企業進出を足踏みさせてきたものが、すべて解決を見たわけです。駐日ポーランド大使として自分なりの努力が離日前にいい方向へ動き始めたのを確認でき、これなら安心して帰れると思いました。実際にもポーランドの各地方で、まだ小規模とはいえ、日本の企業のサクセスストーリーが次から次に聞かれる。簡単ではないかもしれませんが、将来への道筋は見えいます。
兵藤大使
ポーランドの過去を振り返れば、(いつも私が申し上げることですが)ポーランドのジオポリティカル(地政学的)な位置が、数々の悲運、悲劇、苦難をもたらした。これは歴史的な事実です。そのネガティブな面が将来は逆転してポジティブに変わると私は思う。つまり21世紀になると、ポーランドの地政学的位置が、初めて繁栄と安定の道をもたらす可能性があると思うんですね。なぜかと言うと、ポーランドは間違いなく21世紀の初めに欧州連合に入る。その場合、ポーランドは、英国、フランス、イタリア、スペインと同等のサイズの経済国ですし、日本語で言う登り龍、上り坂の国として、どんどん発展していく可能性を持っている。一方、東の方にはロシアという潜在的には大変に豊かな国がある。そのロシアが眠りから覚めて、潜在力を発揮すれば、本当に効率的な経済圏を造りだす時が必ずくる。それまでどのくらい時間を要するか、それは予言できないが、必ずや豊かな経済大国としてロシアの出てこないはずがない。ロシアがポーランドへの軍事的脅威となった時代はもはや過去のことです。そうなるとポーランドは二つの大きな経済圏の真ん中に位置して、ヨーロッパの東と西との大きな経済圏の双方を結ぶ一大拠点として大変に有利な地点を占める。中・東欧諸国はどこもその位置にある訳だが、なかでもポーランドが中核的なポジションを占めている。21世紀を展望すると、ポーランドの将来は実に明るい。アメリカもヨーロッパも、最近は韓国までがポーランドに熱心に投資している狙いは、それを見越してのことですよ。日本もようやく眠りから少し覚めて(笑)、遅れを取るまいとして、頑張り始めている、こう言う感じだと思います。幕内力士になったら、ポーランドの昇進は早いですよ。関脇から大関、そして........。
リプシッツ大使
おっしゃるとおりだと思います。英語で言う「ベター レート ザン ネバー」本当にやっとという感じですね。地政学的なポジションを含めてポーランドの持つ条件、経済力発展の有利なチャンスをポーランド国民としては、絶対見逃してはいけない、無駄にしてはいけない。そのことをポーランド国民全員が理解していると確信します。土俵を沸かしてやろう、とやる気満々です。欧州連合に加盟するかどうかとの世論調査を見ますと、何かもう国民の大多数が...........
兵藤大使
9割位でしたか...
リプシッツ大使
ええ、それほどのパーセンテージが支持している。これを見ても、5〜6年前に始まったポーランドの方針が間違っていない、これからもそれで行こうという意気込みは明白です。しかも、そのチャンスを逃がさないための活力は、その意気込みに懸かっている。国益を優先して、自分自身の利益を多少犠牲にしても国全体でやらなければならない - 国民はそのことがよく分かっていると思います。ソ連という嫌いな大親分とは手が切れた、どこの国にも占領されていない、自分のたちの自主独立の国が持てた。これはポーランドに史上、初めて恵まれた好条件です。だから、どんな犠牲も無駄にはならないと国民の自覚は固い。しかも、どう頑張り、努力するにしても、外国との経済交流がどれほど大切かも分かってきた。89年以降、例えば日本政府がポーランド通貨安定基金に具体的な援助の手を打ったことは、ポーランドの政府だけではなく、国民も忘れず、感謝しております。昔の体制下では「友誼」とか「友情」とか「同盟国」とかの言葉が内容を伴わずに誇張して、景気づけに使われたが、それとは全然、異なる本当に大きな国際交流の一例となったと思いますね。そして、予想できない事態や、さまざま要素が将来、発生しないとはいいきれないにせよ、たといどんな問題があったとしても、先ほどから申しているポーランドと日本との友好関係、信頼関係、文化面その他の相互理解、心が通じ合い、基盤が固まっていさえすれば、大げさな言い方ですが、全人類によい貢献ができるのではないか、そう楽観しています。
兵藤大使
そうありたいですね。ただし、おたがいに解決すべき問題はまだまだ多々あるわけです。知的協力、つまり日本の知的経験をシェアーする意味で、日本政府もささやかながら努力もしてきまして、例えばコンピューター学院といわれている、ポーランド日本情報大学が活動して、相当な成果を挙げています。一週間前、新たにロボットとコンピューターの贈呈式に行ってきたばかりです。これは、それなりのお手伝いにはなっていましょうが、私が見るところでは、ポーランドの国民の英知と実力をもってすれば、あらゆる国内的な問題で自主的に解決できない問題はない。そう確信しています。ポーランドは人口は四千万ですけれども、私はよく一億市場だと日本人に言うんですね。それは、ポーランドを中心にヨーロッパの東西の可能性、特に、西ウクライナ、それから白ロシア、リトワニア、スロバキアとか、周辺の地域を考えれば、優に一億市場になるということです。前にも言ったEUとロシアとの接点と言うことで考えると、もっと大きな市場に拡大するのではないか。決してただの四千万市場ではない、一億市場だ―ポーランド全体がその意気込みで大きく羽ばたいて行けば、世界中がきっと注目しますよ。私もその雄姿をぜひこの目で見たい。私に言わせれば、21世紀のポーランドはこの国の大平原を見下ろして悠々と羽ばたく白い大鷲に必ずやなるでしょう。
リプシッツ大使
美しい未来図ですね。ありがとうございました。
(この対談は1997年4月8日、ワルシャワのPAIZで収録されました。) 工藤幸雄編集
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