研修と観光の間


置村公男




 毎度、ポーランドを訪ねる度に「1998年夏ポーランド訪問記」という具合にワンパターンの題名をつけていたので、少し題名を変えてみる。題名は邦画『冷静と情熱の間』をパロッただけで他意はない。もとよりポーランドとも関係ない。下らない題名で恐縮である。筆者の表現力の貧困さが表れている。

芸術と娯楽の間

 毎回、報告の最初は映画に関する話題である。これも「ポーランド映画近況報告」とワンパターンであったのでメインタイトルと統一性をもたせた表題にしてみた。

 今回のポーランド映画事情調査は今迄とは若干意気込みが違った。手前味噌になり恐縮であるが今秋、立命館大学国際言語文化研究所の東欧に関する連続講座において、私が映画を主題に論じることになり、そのネタを仕入れに来たのである。因みに私の話は『ヴィスワ』や『ポーランドを知るための60章』で書いてきた事と余り変わりばえしないと思う。研究テーマである「70年代における知識人と労働者の連帯」についても触れる予定であるが、どうなるかは分からない。寧ろ私とご一緒していただく方のお話に注目してほしい。ロシアの東欧文学・芸術論の第一人者である沼野充義先生(東大)である。私などがご一緒させていただくのは恐れ多いことこの上もないが、主催者の人選だから仕方ない。毎週金曜夕方にあるそうで、我々の出番は12月6日である。この原稿を書いている10月初旬(皆様に原稿提出を迫っていた編集者本人が遅筆であった。申し訳ない。でも未だ原稿の出ていない方もいる。)ですら、構想はまとまっていない。不安である。

 本題に戻ろう。例によって今回観た映画を観た順番に示す。

  @Dzien Swira
  Asuplement
  BCzesc Tereska
  CTytus. Tomek i A' tomek
  DChopin -Pragnienie milosci-
  EE=mc2

@は郊外のシネマコンプレックス(以下、「シネコン」と略記する)で観たコメディである。チケット購入時に”Po polsku. Rozumiesz?”(ポーランド語だよ。分かる?)と聞かれ、”Oczywiscie.Rozumiem.”(勿論さ。分かるよ。)と答え、後で大見得を切った自分を恥じ入る。当然の報いとして館内大爆笑の渦の中、一人取り残された。平日夜なのに館内は超満員である(シネコンでは座席指定が普通なので立見客はいない)。しかし、台詞を理解せずとも、役者の所作や流れで大体分かる。私も次第にその笑いの渦に呑まれていった。とにかく主演俳優Marek Kondratが馬鹿みたいに几帳面で、それが何とも言えぬ滑稽味を出している。例えるならば『Mr.ビーン』のような雰囲気である。Marek Kondratは見た目の渋さと行動との落差が笑いを誘発しているようだ。彼については後述したい。

 Aは昨年も拙稿で紹介した日本で言うミニシアター系のCINEMA1で観た。平日の昼間とはいえ、貸切状態(客は私一人)はポーランドでは初体験である(神戸の西灘劇場ではよくある)。イヤな予感がする。画面のクレジットに”TOR”という文字を見つけ、予感は確信に変わった。そしてついに見つけた”Zanussi”の文字。やはりザヌシ監督の作品であった。昨年の拙稿でもご紹介した通り、内省的哲学的な映画を作る監督である。70年代以来「モラルの不安」派の旗手として注目された監督である。当然、前述の研究テーマを抱える私としては要チェックの監督ではあるが、言葉やメンタリティの壁以上の障壁が彼の作品を理解しようとする私に立ちはだかる。昨年、観た作品同様、Aも死生観をテーマとしていた。ただ、昨年の作品よりは理解し易かったように思う。これ以上、書くとボロが出るのでもう触れない。

 Bは批評家風に言うならば、思春期前期の少女の危うさをモノクロの映像で瑞々しく描いた佳作という事になる。同作品の評判のよさは日本大使館の文化担当者から、或いはホテル・ワルシャワで偶然出会ったアダム・オジュグ会員から等、よく聞いていた。しかし、1回目観終わった後(同作品を私は滞在中2回観た。1回目は一人で、2回目は旅行参加者の中村氏と。)、私には二つの疑問がわいてきた。第一点。同作品はロベルト・グリンスキが監督をした。彼については1998年の訪問時も話題になっていた(1998年発行の『ヴィスワ』の拙稿を参照)。彼は大河作品を好んで撮るという印象が私にはあった。その巨匠が何故思春期前期の少女を主人公にした小品を撮ったのか。第二に何故モノクロの映像なのか。画面の美しさは特筆する程ではなかったと思う。それこそ”Pan Tadeusz”のような映像とは対をなすものであろう。そのような疑問点があり、しっくりこないものを1回目観終えた後に感じていたので、上述のような、よそよそしい感想を書いたのである。しかし、2回目は主人公に同化して観賞して観たので、観終えた後、何故か涙が出そうになった。隣に中村氏がいたので涙は見せなかったが、若干涙腺が緩んだ事は事実である。日本でも『害虫』『リリー・シュウシュウのすべて』のように思春期前期の少年少女の危うさを描いた作品を本年度、何本も観た。しかし、彼らの精神的脆弱さと反社会性や非社会性を短絡しすぎのような感じがして嫌悪感すら覚えたのが率直なところである。しかし、Bの主人公テレスカの場合は違い、私は共感できた。同じ映画を2回以上観ると違った視点で観る事が出来、違った印象をもつという事を今更ながら認識した次第である。助演のザマホフスキー(『トリコロール白の愛』や『デカローグ第10話』の主演俳優)がいい味を出していた事を付記しておこう。

 Dのポーランドにおける評判は両極分解しているようだ。”Pan Tadeusz”と同じく国民映画であるという意見と、ジョルジュ・サンド中心の描かれ方がポーランド国民映画としては不十分である(要するにポーランド人にとっては実質上の主人公がショパンでない事に不満なのである)という意見である。確かにショパンとジョルジュ・サンドやその娘との恋愛沙汰(娘との恋愛は監督独自の解釈)を母娘・母息子の確執という描き方はサンド一家側からの見方かもしれない。副題「愛への渇望」に忠実に表現するならば、母娘との「二股」、愛人の息子との対立というショパン側から描く方がよかったかもしれない。副題に拘泥されたのか、最後になってショパンの家族が出てきたのは、とってつけた感じがしないでもない。しかし、映画自体は悪くないと思う。娯楽性と芸術性・精神性が程よくブレンドされ、映像的な美しさもあり、楽しめると思う。音楽について無知な私には理解できない部分も多々あった。ショパンとサンドについては、それを主題に卒論を書かれた茶谷会員の方が適役であろう。因みに茶谷会員にショパン役のPiotr Adamczyk とサンド役のDanuta Stenkaが表紙を飾る雑誌”KINO”2002年第2号を見てもらったところ、Piotr Adamczykはショパンのイメージに近いが、Danuta Stenkaは実際のサンドよりも年上の感じがするとの返答。また、石井会員に同作品とポランスキーの『ピアニスト』観賞を宿題(?)として課した。Dの時代考証、特に音楽面での考証については石井会員の記事(=宿題の成果??)を参照されたい。

 Cは郊外のショッピングモール内に併設されたシネコン(因みにCを観終えた後、引き続きDを観賞。私にとって映画のハシゴは日常茶飯である。自己ベストは1日8本。)を観た。子供向けアニメである。同劇場は午前中入場の場合、何と10z?であった(通常料金は作品によって異なるが16〜20zl)。シネコン恐るべし。Eは帰国前夜の晩餐会までの時間潰しにCentrum裏手のシネコンで観たコメディである。  さて、Cの主人公A’tomek(おサルさん)の声をMarek Kondratがやっていた。例によってポーランドの映画館は本編終了直後に明るくなり、観客が出て行く中、即ち清掃係の「はよ出ていけ!」という冷たい視線の中、エンディングロールを最後まで観ていて発見したのである。やはりエンディングクレジットは最後まで観るもんだと実感した。という訳でMarek Kondratという俳優が俄かに気になり始めた。帰室後、早速ポーランドで買ったばかりの映画俳優事典で調べる。彼のフィルモグラフィーを見て驚いた。名だたる名作に数多く出演しているのである。勿論、私が観てきた作品の多くにも。”Pan Tadeusz”にも出ている。「何者だ?」疑問は深まるばかり。私も『ヴィスワ』紙上でダニエル・オルブリフスキやイェジー・ストゥールについて書いた。二人は言うなればワイダ映画やキェシロフスキ映画の顔である。それに対し、Marek Kondratは名バイプレーヤーである。因みに帰国後、大阪で観た短編映画集『アート・オブ・エロス 監督たちの晩餐』の中のマイェフスキ監督作品”Devilish Education(悪魔のレッスン)”にも主演していた。なかなか侮れない俳優である。

 さて、昨年は公開間近の”QUO VADIS”を観ることなく、後ろ髪をひかれる思いで帰国した。『ヴィスワ』紙上でも昨夏のシェンキェヴィチ・ブームについてご報告した。当然、”QUO VADIS”も”Pan Tadeusz”のような観客動員を記録していると思っていた。ところが今回、同作品の評判を聞いてみると「長いだけで退屈」という声が多く、短期間で上映打切りになったそうである。ポーランドを代表する作家シェンキェヴィチ、過去3回映画化された原作なのに、何故第二の”Pan Tadeusz”にならなかったのか?ミツキェヴィチとシェンキェヴィチという原作者の違いか?原作自体の違いか?はたまたワイダとカヴァレロヴィチという監督の違いか?前述のように偶然ホテル・ワルシャワで出会ったアダム会員にその疑問を投げかけてみた。彼の答えはこうである。原作者の違いは、日本の作家に例えて言えば司馬遼太郎と山岡荘八の違いと言われ、得心した。ミツキェヴィチ、シェンキェヴィチ共に国民的な作家とはいえ、亡国の国民の精神的支柱となった詩人と前世紀の人気流行作家である。確かに作家としての格の違いはある。第二の疑問もワイダの言う「国民映画」を熟考したら分かる事である。彼の言う「国民映画」はポーランドの歴史と伝統を素材としたポーランド語の映画である。”QUO VADIS”はポーランドの歴史とは直接には関係ない。また、監督の違いという点では、社会主義時代には体制寄りと見なされ、体制転換後は逆にメガホンを取ることが少なくなったカヴァレロヴィチが時代感覚からずれていたのかもしれない。ここでいう「時代感覚」とは歴史の見直しや民族としてのアイデンティティ追求という事になろうか。一方のワイダは文芸作品”zemsta”の公開を控えているだけでなく、彼にとっての総決算とも言える「カティンの森」(彼の父もカティンの犠牲者)をテーマとして映画も撮り始めたそうである。シェンキェヴィチ原作の映画に代表される通俗的娯楽劇か、ワイダがこだわる「国民映画」か、二つの間でポーランド映画は揺れているのかも知れない。

 最後に、ポーランドにおける日本映画を初めとする外国映画の上映状況について言及しておく。銀行広場近くの劇場Muranowでアジア映画特集が組まれていたようである。イラン映画・中国映画に混じって日本映画では『ハッシュ』が上映されていたそうである。昨年の拙稿でも書いた通り、日本映画というと時代劇が多い中でこの様な現代劇、特に今年公開されたばかりの新作(私はゴールデンウィーク中に観た)が上映された事は意味深い。他劇場では大島渚の『御法度』が”Tabu”(タブー)という題名で上映されていた。同作品は時代劇ながら男色・同性愛をテーマとしている。蛇足ながら『ハッシュ』もそれと類したテーマの映画である。ポーランドの映画ファンの間で日本映画といえばホモセクシャルというイメージが定着したかもしれない(そんな訳ないか)。



ここでお詫びを 

 いつものようにポーランド滞在の記事を3〜4本まとめて書く予定でおりました。実際、書いたのですが、パソコン不調につき、原稿が保存出来なかったり、消えたりとアクシデント続きでした。先の記事「芸術と娯楽の間」は記憶を頼りに再生したものです。しかし、印刷業者への発注締め切りなど時間がなくなり、残りの記事の再生には至りませんでした。次号に掲載いたしますので今号はこれだけでご容赦願いたくお願い申し上げます。




(日ポ協会関西センター『WISLA』第28号 2002年10月31日発行)