99年わんちょのクラコフ日記 (10月)


わんちょ



秋のプランティ (撮影: わんちょ 1999.10.25)





《 はじめに 》

私はクラコフに住んでおります、ハンドルネーム『わんちょ』です。
クラコフからの便りをお届けいたしますのでよろしくお願いいたします。

ご意見ご感想をわんちょにお送りくださいませ!
wancio@priv6.onet.pl



1999年10月28日 《兵役の終わり》

撮影: わんちょ 1999.10.28  今日の朝、プランティに散歩に出たら、前を兵役を終えた若者が歩いていました。特別なかっこうをしているので軍隊帰りだとわかるんですけど、彼らは大きな声で歌を歌ったりして、街で騒いでから自分の家に帰るようです。時々駅で電車や列車の窓から大きな声で騒いでいる若者を見たら、彼らだと思ってまず間違いないです! クラコフの郊外には幾つかのポーランド軍の軍事基地があり、満期になるとそこから軍用車両で駅まで送られて来て解散になるようなんですけど、この若者たちはまっすぐには帰らずに街に出てひと騒ぎしてから帰るようです…。マントのような特別な物を付けた若者を見たら、彼らだと思ってください。 




1999年10月28日 《11月1日のお盆》

 今日も相変わらず曇りがちの天気ですけど、時々陽も射して暖かです。11月1日の月曜日には、日本で言うとお盆にあたると思う行事があります。どんなことをするかというと、日本と同じでお墓参りするんですけど、この日はみんなお墓にたくさんのローソクを灯すんです。だから、夕方から夜にかけてはどこのお墓も遊びに来た若者などですごい人出になるんです。ちなみに昼間は、そのお墓参りの人がたくさんで、お墓周辺はすごい状態になっています。クラコフの郊外にあるバドビッツェの墓地周辺では、この日は墓地周辺が特別な交通規制がされてバスも運行が変更になるなど、その凄さは街中がすごく静かなぶん際立っています。クラコフの旧市街から見学に行くなら、ラコビッツェの墓地がいいと思います。ここにはクラコフの有名人がたくさん埋葬されていますので、夜のローソクの凄さはすさまじいものがありました。画家のマテイコとか、ローマ法王ヨハネパウロU世のご両親の墓地もここにあるのだそうです…。法王がローマから来れないから、この日には教会関係者とか熱心な信者さんが法王のご両親の墓地にローソクを灯すんでしょう…。でも、確かに有名人の墓地にはすごい数のローソクが毎年灯されていますけど、これ私の見たところ、多くは若者が楽しみと言うか遊びで置いているみたいです。11月1日の夜に、このラコビッツェの墓地に一度行ってみると、私の言う事の意味が身をもってわかっていただけると思うのですけど…。

 今、書こうと思ったのは、今日市場に買い物に行ったら、このお盆のお墓参り用品を盛んに販売していましたので、その事を書こうと思ったんです。どんな物を用意するかと言うと、まず花…。この季節いろいろな種類の花は無いので、日本のお墓にお供えするのと同じ菊の花が売られていました。この他に日本の感覚で言うと、小さな花輪のような物というか、セットにされた花とかのお供え物が売られています。あとローソク。このローソクはビンの中に入っていまして、高い物ではこのビンにフタが付いているんです…。もちろん空気の入る穴は空いてますけど…。これだと強い風が吹いても少しくらいの雨が降っても消える事はありません。でも安いローソクにはフタは無く、風が吹いたりすると消えちゃうんです…。まあ、1個1zl(35円くらい)出すとまずまずのローソクが買えますから、安いといえば安いんですけど、それでも花とこのローソクを10個とか置くんですから、すぐ50zl(1800円くらい)とかにはなります。

 私は、この墓地のローソク見るだけだといいと思うのですけど、このビンが後どうなるか(?)考えると「止めたら!」と言いたい。墓地のごみ置き場には、割れたローソクのビンが山と積まれていますし、墓地内にも気を付けて見るとたくさんのビンのかけらが落ちています。気を付けないと危ないくらいです…。まあ、ここの墓地のローソクはク綺麗ではありますけど、環境破壊もひどいと私は思います。






1999年10月27日 《ポテトチップスのその後》

 この前書いたポテトチップスで、ジェローネツェブラは比較的おいしくないような書き方をしたんですけど、これがこれが…久しぶりに食べて見たらおいしいんで、訂正したいと思います。人の記憶なんてあてになら無いと言う見本みたいなものです。ごめんなさい! その後も、毎日、毎日買っていますが、中にくじが入っている物はあるのですけど、一向に当たりません…。まあ、絶対当たると確信して期待してはいないのですけど、もしかして???と言うある種の宝くじの気分です。このポテトチップスの場合、くじはおまけみたいなものだから、宝くじを買うみたいにくじ自体が販売商品で無いのがいい! あくまでもくじは賞品(景品)ですからね。

 今日10月27日は 朝10時の屋外気温(クラコフの中央で)10度です。冷え込みはゆるんでいます。昨日でも薄日が射したりして、比較的穏やかな1日でした。今日は朝方雨が降りまして、今のところしっかりとした曇りと言う感じですけど、また午後から一時的にでも陽が射すのではないかと私は思います。




1999年10月26日 《キャッチセールス》

 たくさんの落ち葉がプランティに落ちています。とても幻想的に思えるくらい、たくさんの落ち葉の季節に、不思議なくらい急になりました。

 さて、書き出しとは全く違う話なんですけど、クラコフの中央駅と旧市街の間のところでは実にたくさんの押し売りにあう事が出来ます。今日だと、駅に近いところから、懐中電灯、何かの募金集めのしつこい人がいて、そして子供のための基金用の販売の本、それにクロスワードパズルの本と、かわるがわる売りつけられます…。見てると結構買うんですよ! 私、だったら絶対に買わないと思うようなプラスチックの懐中電灯を、ここ最近売っているんですけど、これは見ていて売れるんですから、1日では結構売ると思います。この懐中電灯の前は、ボールペンか何かの筆記用具のセットを販売していたのですけど、これの時は売れたのを見かけませんでしたから、この懐中電灯はヒット賞品なんじゃないかな! まあ、前に販売していたセットは見た目も小さかったから良くなかったと思うけど、今度の懐中電灯は結構な大きさだから売りやすいんじゃないかと思う。どんな人が買っているかと言うと、案外若い人が買うんですね…。ここのお年寄りは年金が少ないから、生活が厳しくてこんな物を買う余裕は無いのかも知れませんね。




1999年10月25日 《暖か…》

 もうすぐ10月も終わりですね…。今月が終わると、この1999年もあと11月と12月のふたつきを残すだけとなると思うと、「今年もあとわずかだなあ!」と思います…。来年の今ごろはどうしているだろう??? まあ、もっとあと少しでY2Kなんて言われる2000年問題がありますね! 私は案外問題が無いんじゃないかと楽観的に考えてはいるのですけど、でも日本の新聞に出ていたと言う次のような内容の記事を友人からの連絡で知ったのですけど、ロシアやウクライナのチェルノブイリ型原子力発電所では旧式のコンピュータシステムを今だ使用していて、現在ではそのコンピュータ関連の製造会社自体が無くなっていると言うものもあるそうで、100パーセントの対策は無理との事が出ていました。こんな原子力発電所の原子炉が2000年問題で2000年の1月1日から暴走したらここはどういう事になるだろう??? 東海村の比では無い大災害になると思う…。何とか無事に乗りきれる事を願うのみです!

 さて、昨日、今日と大変暖かなんです。マイナス気温になっていた事がウソのようですよ。今日はコートなんか無くても暑いくらいでした。半袖で歩いている人も見かけましたから暖かなんですよ!! 私の部屋も今日はなんか暑いくらいで、今少し窓を開けています…。それでも室内の気温は23度くらいあるから暖かいですよ! 

 今日はこんな事書きたかったのでは無くて、クラコフの旧市街を取り囲むプランティ(緑地帯)の話を書きたかったんです。ここしばらく冷え込んだせいで(この2日間くらい暖かですけど…)、緑地帯の木々が一斉に葉を落とし出しました…。すごく綺麗ですよ!!! 少しの風でもぱらぱらぱら…と音を立ててたくさんの葉が落ちて来ます…。また、風では道に落ちた葉も波のように舞いとてもすばらしい季節です! 今日のような日には、郊外の大きな森の中でシートでもひいて寝転がって木々から落ちる葉を眺めるのがいいかな(!)なんて思います。私はこの今の季節がクラコフで一番好きです!!!!! 観光シーズンでも無いから街は静かだし、木々は冬の準備で葉を落としていて…すごく落ちつけるいい季節です。10月末…クラコフをゆっくり見たいなら、この季節が一番いいと思う…。夏のうるささも無いし、それに冬ほど寒くないし…。

 今、窓を閉めに行ったら、すごく綺麗な月が出ていました。こんな夜は散歩に行くのがいいのですけど、今晩は行けません…。さっきお風呂に入って、髪の毛を洗って出てきてこれを書き始めたものですから、髪の毛はまだ濡れたままで、髪の毛の先のほうはまだ水がぽたぽたしてるくらいですから…今晩は行けません。「ドライヤーで乾かしたら!」と言う方がいるんですけど、私、あのドライヤーの音と暖かい空気嫌いなんです…。ですから、ドライヤーなんて使う事無いです! いつもほっておいて乾くのを待つんです。待つ間にこうして書いたりする事が多いですけどね!




1999年10月24日 《週末には…》

 先週末の2日間(22日23日)、クラコフから離れてカトビッツェと言う街に行って来ました。電車で行って来たんですけど、往復ともに普通電車に乗ったものですから、片道2時間弱の行程となりました。距離的にはそれほど遠くなくて、PKP(ポーランド国鉄)の運行距離で78キロメートルほどなんですけど、遅いんです。まあ、本を読むにはいい時間だと思うので、私はいつもこの時間で本を読む事にしています。今回はただ、本を読むために行ったのでは無くて、友人が日本に行っていたのでCD−RWを運んでもらったんです。それを受け取りに行ってきました。ここでもCD−RWを買えますけど、付属のコントロールソフトは英語かポーランド語だから、私は日本語のが欲しくて日本の友人にお願いして購入してもらって、またまた別の友人に輸送をお願いしたと言う事で、私のところに無事届きました。よかった…。ちゃんと設定も済んで、試運転も無事問題無く完了して、これもまた一安心です。




1999年10月21日 《マイナス3度》

 今、起きて外の温度計を見たらマイナス3度…。あっけなく0度を下回っていました。私のアパートから見える家々の屋根は霜が降りて真っ白になっています。これだけ冷えると、秋の終わりと言うより冬本番と言った方が正解ではないでしょうか? ここクラコフでは、今年一番の冷え込みではないかと思います。天気予報では、こんなに冷え込むなんて、私が見たときは言っていませんでしたけど、ひどいものです…。




1999年10月20日 《日中で…》

 寒い…。日中でも今日の気温1度でした。まして、外は少し風が吹いていましたから、寒かった…。夕方3時頃から5時ごろまでの少し時間だけ太陽が出たんですけど、それまではくもりで、明らかに寒い1日でしたよ! これだともうマイナス気温にいつなってもおかしくはないのですけど、まあ、天気予報では明日、あさってくらいは14度くらいまで暖かくなると言っていましたけど、当たらない天気予報ですからあてには出来ませんけど…。ここに来てはじめの頃は、ここの天気予報はどうしてこんなに当たらないのかと真剣に考えたんですけど、日本のように予報官が真剣に天気を予想する方が、ここでは変に感じるようです。天気なんて当たらなくて当然と考えている人も多い…。これだけ期待されないと、天気予報も真剣に仕事しないんだと思う! そんなですから天気予報は当たらなくて当然なんです! クラコフでは、西から風が吹くと暖かくなって、東から風が吹くと寒くなるんです。だから、夏は大概西からの風が吹いていますし、秋から冬にかけては東から風が吹いています。

 そうそう、古い街で街中で方角を見るには、ゴシック様式の教会かロマネスク様式の教会を見るとわかります。ゴシックとロマネスク様式では、必ず祭壇の後ろが東と決まっているからです。ですから、クラコフの中央広場に立ってマリア教会の方向に向いて、その後ろ側が東にあたります。ですから、ゴシックとロマネスクの建築様式の教会の写真を撮影しようと思うのでしたら、午前中よりも午後の方が光線的に最適ですよ。




1999年10月20日 《ポテトチップス》

 最近、またポテトチップスを毎日たくさん買いこんでます! 1袋が120グラム入ったものを1日に3つも買う事があって、それを食べているんだからやせないって…。さて、このチップスどんなのを買うかと言うと、LAYSのMAXという種類専門です。このMAXとは、チップスがWカットされているものの名前で、味ごとにパプリカ(赤ピーマン)、ベーコン、ピィェチョーネクルチャック(焼き鳥肉味)、ジェーロネツエブラ(青たまねぎ味)と言う味があるんですけど、私の好きなのはピィェチョーネクルチャック味(焼き鳥肉味)が一番で、2番がベーコン味かな…。値段は120グラム入りで3.2ZL(110円くらい)だから、日本と変わらないくらいだと思うから、ここでだと高いと思うのですけど、このチップス味もいいし、それに今くじ付きなんです! コンピュータが当たるってやつなんだけど、当たると思えないけど毎日飽きずにこのチップスを買いこんでます!

 ちなみに、どんなくじ付きかと言うと、まず袋に中にくじの入っているものといないものがあるんです。入っていない物は予選落ちと言う事…。くじが入っていても、これが当たると限らなくて、今回のくじは2箇所隠しがあるんですけど、この内1箇所を削って当たるとその商品がもらえると言うものなんです。だから、まず欲しい方を選ぶんだけど、当たる確率の思いっきり低いほうと当たる確率の思いっきり高いほう(!)どちらを取るかが最初の問題になります。ここで高い確率の方を引いてはずれで低い方を開けて見たら当たってたと言う事になっても無効なんだそうだから悲しいね!

 当選確率の低い方(あたらないと思われるほう)の賞品は、確かコンピュータと言う事なんだけど、ソニーのプレーステーションだったと思う。当たりそうな方の賞品は、なんとチップスだ! それも小さいやつ!!! どうせなら大きいのくれればいいのにと思う! ポテトチップスをポーランドで食べる機会のある方は、是非このチップスを買って当てて見てきださいませ!

 ちなみに、私はこのチップスメーカーと一切関係ありませんから、食べ過ぎでお腹をこわしても知りませんよ…。




1999年10月19日 《今日の新聞から》

 今日、朝日新聞インターネット版の総合面、社会面、経済面を読みました。大体毎日読んでいるからわざわざ今日と言う事でもないのですけど、でも読んだ記事の中で珍しく気になった点が2つありましたものですから、私の意見としてここに書かせて頂きますね!

 まず一つ目。総合面トップの日産、5工場閉鎖…。この総合面には事実関係の説明だけで私は特別に感想は持たなかったんですけど、次の…関連記事が社会面にも出ていまして、私はこの社会面の記事について少し言いたい…。ある男性従業員(31)と言う事で感想が書かれているのですけど、読んでて感じる事は、当事者の不安さと苛立ちだけで、確かに当事者の方のお気持ちは私、わかる所あるんです。私の勤めていた会社もバブル後の早い時期のリストラで無くなったんですから…。あの時、私自身確かに不安と苛立ちはあった…。でも、私にとって結果的にはいい結果になったと思う。親会社に転籍して面白い仕事をさせてもらえたし、それにいろいろな事があったけど結果的に今ここに来てるし…。もしあのままリストラされずに会社があったら、きっと私はここに来ていなかったと思う…。私の勤めていた会社が無くなったあの頃、リストラと言う言葉自体珍しかったから、会社整理なんて言われたね! でも、自分自身の出来る事を考えるいい機会だし、チャンスでもあると思う。31歳でもう若くないからなんて言う前に、いま自分で何が出きるか、そして何がしたいのか考えた方がいいと思う…。この記事では、不安さをあおるだけで後ろ向きだと思う。これまでの事はこれまでの事。これからどうするか、どうしたらいいのか(?)を考えないといけないのではないかな! まあ、新聞でそこまで書く事でもないと思うけど…。

 もうひとつの記事は、同じく社会面の「《検証》『みる・きく・はなす』はいま――国旗・国歌法」と言うもので、記事自体は中立的な問題提示型のしっかりしたものだと私は思うのですけど、ここの捕らえ方が人によって大きく違うと思う。読み方によっては、国歌、国旗法賛成の記事にも見えるし、この問題にこれで本当にいいのか(?)と問いかけている記事にも見える…。そんな意味でこの記事を私はいい記事だと思うのですけど、この記事の中で書かれている日の丸・君が代をめぐる発言録と言うものの中で、 ◇「日の丸・君が代に反対した者は非国民」(8月25日、長崎県町村議会議長会主催の研修会で中川八洋・筑波大教授)、◇「国歌、国旗を尊敬できない人は、日本国籍を返上してほしい」(9月30日、岐阜県議会本会議で梶原拓・知事)などと言うのはちょっとおかしいと思う…。国籍は生まれた場所とか親とかの条件によって勝手に与えられるものだし、よほどの事が無い限り国籍を選ぶなんて出来ないでしょう! それを、日本国籍を返上しろなんて言うのはどう考えてもおかしいと思う。私がこんな事言われたら、(自由に国籍を変更できるなら)私いくらでも返してあげるよ! それと、日の丸・君が代に反対した者は非国民と言ったと言う中川八洋・筑波大教授、確かに私は非国民だと思う! 日の丸、君が代に一部を除いて公式行事で使用するの反対だから…。今、税金を納めているのはポーランドだから、日本にはこの前パスポートを買ったときに420ZL(だったかな?)はらっただけだもんなあ。まあ、非国民だと思うよ。でもね、学校とかで国旗、国歌として強制するのはどうかと思う。と言うより私は反対! まあ、マークだけの問題ではないと思うんですけど、でも過去に問題を起こした事に使われたマークとか歌を、また持ち出すと言う事への意識の低さは感じる…。ただ単に変えれば済むと言う事ではなくて、認識の問題だと思う。共通の理解と言う事も出きると思うけど、法律に規定すれば解決と言うものではないと思う。なんか成田空港建設のはじめの頃の強制収用とかいって国が一方的に反対派を追い出して用地の収用をしたのと同じではないかな? 国歌、国旗も法律で規定されたから、学校では掲げる事なんて行なって、問題をもっと根深い解決しづらいものにしているのではないかと思えてなりません…。




1999年10月18日 《0度》

 今日、10月18日。朝8時の屋外の気温はクラコフの中心で0度でした。中心でですから、少し離れた郊外ではマイナス2度とかマイナス3度だったと思います。日本に住んでいる方に0度の気温と言ってどんなものか分かりづらいとは思うのですけど、0度の気温の日に外に出ようと思うなら、厚手のトレーナに日本の感覚で言うと厚手のコートが必要です。まあここでいうと、普通のコートと言う感じで、マイナス10度とかになったらもっと暖かいコートが必要なんですけど、今の季節だと日本で言う厚手のコートで充分です! 旅行に来られる方から質問と言う事で、「最近はどんな気候ですか?」と言うものがあるのですけど、ここは大陸性の気候のため、暖かくなったり急に寒くなったりするんです。ですから、その季節の最大限に寒い時のことを考えて準備されるといいと思います。暑いなら脱いだらいいですけど、寒いと身にこたえますよ!

 これからの季節、11月はじめから12月はじめにかけて、日本では過ごしやすい気候になると思うのですけど、こちらでは雪が降ったりして冷え込む事もあるんです。そんな中に日本から軽装できた旅行者さんが薄着で寒そうにしているのは本当にかわいそうですよ…。昨年、本格的な雪が降り出した日に助けた日本人の彼は、「こんなに寒いと思わなかった!」と言っていましたけど、でも気温の数字だけ見たら寒いと分かるはずなんですけど…。と、思うのはここに住んでいるからで、比較的暖かな日本に住んでいると、「寒さって身近ではないのかなあ!」と思いますね…。東北とか北海道の方に言わせると、ここに来られて、「こちらの方が暖かいなあ!」と言われる方もいるそうだけど、まあ関東から以南に住んでいる方には、まずこちらの方が寒いと思いますので、秋の終わりから冬にかけて来られる方は、準備は充分にしてくださいね! 是非忘れずに準備して欲しいものは、帽子と手袋です! 靴も暖かなものがいいと思いますよ! それと、靴は雪が溶けていてグジャグジャになっている事も考えられますんで、防水のしっかりした物、水のしみない物がいいと私は思います。

 さて、もうこの季節になるとおいしい果物も次のシーズンを待つのみと言う感じなんですけど、輸入品でイチジクと柿が時々あるんですよ! まあ、ここの感覚で言って安くは無いんですけど…。この前書いたから栗の価格を書いておきます。栗は市場のどこにでも売っていると言うものでは無いようで、私が買い物に行っている市場では3軒のお店でのみ売られています。一番安い所で1キロ8ZL(300円弱)。一番高い所で1キロ15ZL(500円くらい)。見たところ、一番粒が大きくておいしそうなのが1キロ8ZLの所でした…。高いからいいと言うものではないようです。15ZLのところのなんか、水に入れたらみんな浮いちゃうんじゃないかと思えるくらい貧弱な栗でした。こんな栗を知らないで買ったら、もう買わないと思うはずです。ここの感覚で言うと、1キロ15ZLと言うのはすごく高いと思いますよ。ジャガイモなら20キロ弱は買えますから…。




1999年10月16日 《ユダヤ人》

 オシビエンチム博物館には、ブジェジンカで集められた人間の灰が展示されている。私はこの数日前ここの博物館に行った時、この灰の前にローソクを置こうとしたら、修学旅行でイスラエルから来たユダヤ人のグループに『写真を撮影するからどけ!』と言われた…。彼らはこの灰をただの置物、珍しいものとしか見ていないようだった…。何枚も笑顔で人間の灰の前で並んでイスラエルの大きな旗をもって撮影していた…。私にはこの場所で笑顔で国旗をもって撮影するユダヤ人を理解できない人種に思えた。

 聞いた所では、イスラエルの若者にはイスラエル文部省の費用でポーランドへの修学旅行が行なわれているのだそうです。ですから、クラコフのポワショフにある旧ゲットーの中や、ポワショフの収容所あとの記念碑などでは、イスラエルからの修学旅行の団体を見ることができます。クラコフでみるこれらの団体は、街中で騒いでいる事はあってもそれほど気になるものではありませんでしたが、旅行業にかかわるポーランド人に言わせると、イスラエルからの修学旅行の団体ほどひどいものは無いとの事でした…。私は今回オシビエンチム博物館での彼らの行動を見て確かにその通りだと思いました。

 オシビエンチム博物館に着いたイスラエルからのグループは、バスを降りるとイスラエルの国旗を取り出してマントのようにしたりして目立つようにして博物館内を見学しています。それは特別何の問題もないのですけど、でもグループの騒ぎ方はすごい…。ポーランド人のグループに比べると何倍も楽しんでる感じがする…。楽しむべきところでは無いと思う事はイスラエルのユダヤ人には想像も出来ない感覚なんでしょうか? それとも、私が行った時に見たいくつかのイスラエルからのユダヤ人のグループが特別だったのでしょうか?

 「日本人が広島や長崎の原爆資料館や記念館に行って、そこにある展示の前で笑顔で騒ぎながら記念写真の撮影しているのか?」と考えて見ました…。どうだろう? 私は、広島にも長崎にも遠いところに住んでいましたから感覚的に思い描けないのですけど、でも私が修学旅行で長崎に行った時、撮影したりしたかと思い出すと…、あの頃いた少し不良の彼たちでも、何か思う所あった顔をしていたのを思い出しました…。

 私が思ったのは、今のイスラエルからの修学旅行のユダヤ人が悪いと言うのは簡単です…。そして、ユダヤ人排除と言うような流れに話を持って行く事もできる。でも、もしかしたら現実にここで起きた事を彼らに訴えかける何かが感覚的に違っているのかもしれないと思いませんか? ただガラスのケースに収められた白い粉から人間が想像出来ますか? ただ単に置かれている焼却炉から、そこで何万人もの人が焼かれたと思えますか?

 たくさんのかばん、たくさんのブラシ、たくさんの靴………たくさんの…たくさんの髪の毛…

 私には、こんなたくさんのと言う展示だけで充分に思えるのですけど、でも世界にはいろいろな価値観があるように、いろいろな考え方があるのだと思います…。

 私は感情的になりやすいから、「あそこであなたたちと同じ民族の、もしかしたら親戚なんかがここで亡くなったかも知れないのに、どうしてそんなにここで楽しめるの?」と言う所だった…。でも言えなかった…。

 今考えて見て私が思うのは、人はいろいろな経験をして、そして自分なりの考え方を持って行くのだと思うんです。だから、あそこで騒いでいた若者たちがこれから生きていく中で、あの写真を見ると、いいえ、見なくても思い出すと思うんです…。細かな事は思い出さなくても、収容所に行った事は思い出すと思うんです。思い出して、そして戦争のおろかさ、民族紛争の無意味さを考えてもらって、少しでも民族対立を減らせるならいいと思うのですけれど…。




1999年10月15日 《逃亡者》

 昨日、クラコフの中心からベリチカ方面にトラムで20分くらい行った所にあるコズーベックと言う団地で、警察官の射殺事件がありました。事のおこりは、その団地内のスーパーマーケットの近くに、挙動不信な人物が居ると言う通報で警官が現場に出向き、その不信な人物に身分証明書の提示を求めたところ、彼が出したのは身分証明書では無くてピストルだったそうです。その場で2人の警官とも撃たれて、1人は死亡、もう一人は重体だそうです。警察では、この事件の起きたすぐから、この団地一帯を封鎖して警官を400人投入して捜索に当たっているそうですけど、昨日の夜のニュースではまだ犯人は逃走中でした…。この犯人は、もう長い期間そんな逃走・潜伏の逃亡生活をしているそうで、一度は逮捕されながらもパトカーの中から逃走したようなつわものだそうです。ちなみに、彼はポーランド人では無くてウクライナ人だそうです。

 昨日は学校が休みだったので、私の娘はこの団地の親戚の所に遊びに行っていたんです。この警官の射殺事件のあったスーパーマーケットから直線で100メートルくらいのところに居たんです。私はこの事件が起こった事を知って行こうと考えたんですけど、団地一帯の道路は封鎖されていると言うし、通行も遮断されているという情報を聞いて、電話して見たら天候も雨だったから、外で遊ばず部屋の中で遊んでいました。外出しないようにと言う事と、窓とドアのカギをしっかりかけるようにと言って、まずは電話を切りました。この団地へ普段ですとトラム1本で行けるのですけど、最近トラムの軌道工事のために、ボハトフゲッタと言う広場の近くが工事中ですぐには公共交通機関で行ける状態ではないんです…。道路も通行止めとかなっているため、バス路線も変更になっているとの事で…、私は自分のアパートで成り行きを見守る事にしたのですけど、夕方になってその親戚のお母さんが帰宅して、団地周辺の様子がわかりました! まあ、団地内は見たところ平穏で普通の生活と変わらないとの事でした。それで私は車で娘を迎えに行きました。団地に入る事は思いの他簡単で、何のチエックも無しでした(入り口付近にはパトカーの姿さえ見えませんでした…隠れていたのかも知れませんけど…)。で、その事件の起きたスー パーマーケットの前を通りすぎて親戚のアパートの行き、娘を連れてその団地を出ることにしたのですけど、これも思いの他簡単で、警官は団地の出口にパトカーを停めているだけで、トランクのチエックも運転者のチエックもありませんでした。「これなら逃亡もできるはずだ!」と、私は内心思いました。だって、子供を人質にしてトランクに入って、ピストルで脅して団地から逃げ出す事は可能でしたから…。あれから犯人が逮捕されたかどうかわからないのですけど、でもここクラコフも物騒になったものだとここにすむ人たちも言っています。ワルシャワでは、マリオットホテルのレストランででも射殺事件が起こるのだから、どこにも安全な場所は無い言っていた。ワルシャワに住む人の言葉を思い出しました。

 追伸: 今日15日の朝の気温はクラコフの街の中心で3度。ザコパネの南のタトラ山では最低気温がマイナス6度。最高気温がマイナス3度とテレビの天気予報で言っていました。確かにもう秋の終わりに向かっています。14日の夜遅く、逃亡犯は知り合いの女性宅に潜伏中の所を警官に射殺されたそうです。




1999年10月14日 《雨》

 ここの所投稿があいてしまいましたけど、その間、昨日とおとといの午後くらいしか良い天気と言える日はありませんでした…。ずーとグズグズの天候が続いているんです。昨日の朝の気温は3度で今日は5度です。このグズグズ天気のせいで結構冷え込んで来ました。まあ、この冷え込みのせいでツタの葉は真っ赤に色づいていますし、森の木々の紅葉も始まりつつあります。森の木々の葉は、昨日見たところでは黄色くなりかけたと言う所でした。もっと濃い黄色になるのは、あと2週間位かなと私は思うのですけど…、どうでしょか?

 クラコフからビスワ川に沿って少し上流に行くと、ビェラーニと言う所があります。ここの丘の上には綺麗な修道院があるのですけど、この辺りの紅葉も綺麗で、遠くから見ると森が全ていろいろな色になって、まるでジョルジュスーラの絵を見ているようになるんです。そんな森の景色が見られるのもあと少しです。でもこんな景色が見られるようになるとやっぱり寒い…。外に出て気温が10度以下と言うのは、少しでも風が吹いて建物の影になる所にいたり、曇りの日だったりしたら、「コートが必要だな!」と思いますよ。確かに最近街中でコートを着ていたり、結構厚手のジャンパーを着ている人を見かけますけど、寒がりなら必ずこの季節から充分な防寒具が必要になりますよ!




1999年10月8日 《いい天気》

 今日は久しぶりにいい天気でさっぱりしています。まあ雲は多いですけど、青空も見えます。気温的には日本のこの時期に比べると低いと思う…。午後の屋外クラコフの中心で12度…、郊外だともっと下がりますから、今日でも一けた気温だったと思いますよ! 今日はこの気温で少し風が吹いていましたので、厚手のトレーナーにジャケットでも少し寒かったです。街中でコートを着ている人を見かけるんですけど、私もそろそろコートを出さないとと今日は感じるくらいでした。外を歩いていると手がかじかむくらいでしたから…。日中でこんなですから、朝夕は冷え込んでいて、朝なんか暖房を入れていない私の部屋は本当に寒いです。この前書いたと思うのですけど、団地ではセントラルヒーティングが入っているんです。もう暖かいお湯が来ていると言う事です。「そんな時期になったんだな!」と団地の友人宅で感じたわけなんですけど、私のところでは個人用のガスヒーティグだから、私が自分でスイッチを入れるまで作動しないんです。だから節約は出来るんですけど…。なんと言っても、この時期だと「いつ暖房を入れようか?」と考えて、それを決断するのも私のたのしみでもあるんです。ガス代を考えると…、もう少しって思ってね! でも、1日寒い思いしても、いくら違うか考えると悲しいものがあるとも言えます。また、今ごろの季節とか秋の終わり、春のはじめなど、暖房を切ったり入れたりする事があるんですけど、これも面倒で、室内温度が25度を超えて暑いと感じてから消したりして「いけないなあ!」と思うんですけど、おうちゃく者の私にはこまめな室内気温の管理は出来なくて、それで寒いのに我慢したり暑い暑いと言う事になったりするんです。室内の気温を感知してガスのヒーターを調節してくれる機械もあるんですけど、それは私のところには無くて…、悲しい事に購入の予定もない。そんなで、毎年暖房を入れはじめるこの季節には、暑くなったり寒くなったりの戦いになるんですよ。まあ、それでも私のところでは、暖房は切実にガス代に反映されるから、注意して(?)調節しているんですけど、団地などのセントラルヒーティングのところでは、ヒーターのお湯の温度が高くて、部屋の温度が上がると窓を開けて冷やしたりしているんです。団地などでは、1年間で1冬の暖房費を払っているから、暖房のロスとか考えないんですね。これはセントラルヒーティングの悪い所です。暖房費は部屋の床面積で計算していて使用分を払うのではないから、無駄が多いんです! これでは暖房を大事にはしないでしょう! それに、お金をかけて断熱の工事をしても、自分の所の暖房費が違わないから、窓の工事とか壁の工事なんて個人ではまあ普通しない。これが、自分のところの暖房費に直結だと、窓がいいと暖房代が減らせるし、それに壁に断熱材を入れても違う。これだと直すお金がある所では直すんです。まあ、団地でも良い窓に直している人もいますけど、私の感じる所と言うか私の見ることの出来る普通の人では、特別に窓を直したりする気は無いようです。まあ、防犯上良いドアにしたり良い窓にしたりする事はあるようですけど…。今日はこれでおしまい。




1999年10月5日 《秋の長雨かな?》

 ここ最近、「夜には雨が多いなあ!」と感じていましたら、昨日から日中でも雨が降るようになりまして、今日も雨が降り続いています。確かに例年秋の始まりには2週間くらい雨がしとしと降って、一日ごとに寒くなって、それで「もう充分秋としては寒いなあ!」と感じる頃にいい天気の2週間くらいがあるはずなんです。このいい天気の時の紅葉の美しさから、ここの人はこの季節を『黄金の秋』なんて言っているんだと思います。今年はこの3週間くらいすごくいい天気が続いていましたから、この後にまたいい天気があるのかどうかわからないですけど、でも紅葉はまだまだ見頃ではないから、もう少し冷え込んだら綺麗になると思う…。綺麗になった頃に、またいい天気があるといいのですけど…。

 ポーランド関係の掲示板で掲載されていて知った事なんですけど…、とあるサイト(ホームページ)の内容が傲慢で不愉快だと言う内容の掲載を読んだんです。で、私も物好きなものですから、その傲慢で不愉快なと投稿者さんの言う掲載の内容を読んで見たんですけど、私にするとそれほどひどいものでは無いと思いました。私が書いている事の方がよほどひどいんじゃないか(?)とさえ私には思えたくらいで、そのページでの内容を傲慢で不愉快だと言う投稿者さんが、私のところを読まないでくれるといいなあ(!)と思う限りです…。確かに私の発言は「干し人間発言」とか…、「うそつきポーランド人発言」とか…、ひどい事書きました。中にはやんわり注意してくれる人もいるんですよ。でもね!(と言う言い訳のこれが悪い所だとよく注意されるんですけど、でも改まらないのでまた書きます)、私は相手の宗教とか思想とか許せるものだと思って来たんですけど、でも宗教とか思想は許すとかの問題ではなくて、空気みたいにあっても気にならないものでないといけないと最近は思うようになりました。だから、キリスト像が自分の部屋にあってなんとも思わないというか、そこにある事が自然に思えるようになって受け入れたと言う事の始まりなのではないでしょうか? 私は「気持ち悪い!!!」と思うのですから、ここの国の宗教的理解はまだまだです。まあ、ましてと言うか日本で見なれたはずの仏像でも、最近は気持ち悪いと思う…。なんか、ここにいてそんな宗教的なものに対する抵抗が増したように感じます。これは、私の本当に個人的な事ですけど…。私の総合的な意見として書くと、辞令をもらって赴任地にきて問題解決に当たるのと、好きで来て問題の解決方法を探すのでは、それだけで考え方に大きな違いが出来るのではないでしょうか?

 いやいやポーランドに来た人に、そこで親身になって問題解決をはかる気は無いと言う人もいるでしょう! 早く日本に帰りたいと思っている人も多いのではないでしょうか? 大きな会社で辞令をもらって移動する人の多くは、どうせここも長くは無いから…、と言う気持ちがあるのではないかな? 私、書きたいことはたくさんあるんですけど、自分でも何が書きたかったかわからなくなって来ました…。そんななんで、ここで今日は終わりにします。




1999年10月4日 《失業》

 私は今日、ノバフタの友人の所に遊びに行ってきました。そこで聞いた話なんですけど、また近いうちにノバフタの製鉄所で人員整理を行なうそうです。規模としては、現在16000人の労働者なのを8000人削減して半分にすると言うものだそうです。数年前にも8000人ほどの人員整理をおこなった事があるそうで、この時は製鉄所のいろいろな子会社で半分くらいの人の雇用は守られたのだそうですが、今回の解雇では会社の存続をかけた解雇だそうですから、8000人の内どれだけの人に再就職先が見つかるかとても不透明だと言う事でした。ただ、このままの人員数で行くと、近い将来、会社自体が倒産と言う事は明確だそうですから、今度の人員整理は企業存続の背水の陣と言えるものでしょう…。

 それと、シロンスク地方のある工場の話を聞いたんですけど、そこは480名いた労働者を現在120名まで減らしたそうで、今後の予定では480名いた時の生産高を維持して、なおかつ80名まで労働者を減らす計画だそうです。一般的に少し大きな工場ではこれまで(まあ今でも有るところは多いんですけど…)その企業専用の病院とか歯科医院それに薬局、サナトリウムや幼稚園に至るまで持っているところがあるんです。こんな本業以外の専門の付属施設はそのほとんどが大赤字で(ここで利益を出そうと言う事業では無いですけど)こんな所が大きな問題なのだそうです。なんと言っても本業で高収益をあげられればいいのですけど、そうもいかないこの現状では、こんな事業以外の施設の閉鎖だけでも大きな赤字削減の効果があるとの事なんですけど、昔から勤めている労働者には、医院などが無くなると言う事に対して大きな抵抗があると聞きましたが、人員削減で残った人の生産性は上がり、多少なりとも収入は増えました。こうなると、悪い施設の企業内医院に行くよりも、街の設備の比較的ある(私にはいいと言う所でもいい設備があるとは思えないのですけど…)医院に個人負担ででも行った方がいい診療を受けられるという様な事を話し合い使用者側が労働者側に言って、企業内医院の閉鎖に踏み切ったという話も聞きました。

 私は何か買い物とか依頼をするとき、旧国営の企業は信用しません。旧国営の企業は責任が誰にも無いようになってて、約束反故は普通。何してもどうしようもないですから…、あてになんかできません。民間でも、買い物なら物がないと危ない。あとから来週に納品と言って、遅れて普通…。注文で納品日を信じたら大変な事になりますよ!

 さて、最近の、と言ってももうだいぶ前から、ノバフタの団地のバー(日本で言う所の一杯飲み屋)や酒屋の近くには、酔っ払いがたくさんたむろしているんです。私が見たところ、年齢は50歳くらいに見える人がほとんどなんですけど、聞いた所では、実は若くて30歳くらいの人が大勢だというんです。一般の労働者では、失業してもすぐに再就職はないし、毎日強い酒ばかり飲んでいるから、アルコール中毒のようになっていて、こんなですから職が見つかると言う事はまず無い。まず無いからまた飲むと言う悪循環の繰り返しなんでしょうね! でも、不思議なんですけど、どこから体を壊すほどの酒代が出てくるんでしょうか?

 友人の住むアパートの住人で20台の男性が、酒の飲みすぎにより肝臓を壊して最近亡くなったそうなんですけど、私から見ると、ポーランド人の男性は酔っ払いばかり…。昼間からふらふら歩いているんです。これはここに国ですごく悪い所だと思う! まあ、もし国がアルコールの酒税を上げても、密造酒作りにかけてはここの人はみんな技術者だから、役立たずなんでしょうね! いまでも、市場ではワイン作り用の大きなビンの壷とか売られているし、ましてワインとかスピリツスは製品として出来たもの(密造品)が市場では買えます。近くを警察が巡回をしているにはしていますけど、でもうまくと言うか仲良くと言うか、密造酒の販売おばさんは警官と時々話しながら、私が見たところ本当に仲良くやっていると言う感じでした。こんなところがここのいい所と言うか悪い所と言うか…、おおらかなんです。でも、これをおおらかだからと言う事で終わりにしていいのかな(?)とは思うのですけど…。




1999年10月2日 《いい天気》

 今日もいい天気で、これから寒くなるなんて思えないくらいのいい気候なんです。本当に今年はどうしたことか???

 さて、クラコフのトラム(路面電車)の軌道工事のニュースですけど、カペランカ通りを運休していたトラムは軌道の工事が済んで普通のラインに戻っていますが、次のトラム軌道工事でルービッチ通りが不通です。このルービッチ通りは、クラコフ中央駅からノバフタ方面に行くロンドモギルスケまでの通りで、ここが不通のためにノバフタ方面に行くトラムは大きくコースの変更がされていますのでご注意くださいね! それと行き先の確認もおこたり無く…。それと、ベリツカ通りが不通です。ここも軌道が工事中で、ここの場合はボハトフゲッタの広場横でも軌道工事中だから、ポドゥグージェに行く方には注意が必要です。最近はなんかすごく多く軌道の工事をひんぱんしていて、そしてそれも短期の時もあれば長期の時もあったりして、それなんで路線変更の確認は欠かせません…。まあ、秋の終わりまでにどこまで工事が出来るかと言うところで、冬には工事はしないでしょうから? これまでは、冬には大掛かりな工事はありませんでしたが、まあそれなんで、あと少しの期間路線の変更に注意さえすれば、冬はもとに戻るでしょう! きっと…。




1999年10月1日 《東海村》

 天気曇り。暖かな秋の入り口と言う感じの日…。

 昨日9月30日から、東海村の原子力関連企業での放射線漏れのニュースを読んでいます。昨日のこちらの夜7時半のニュースでも取り上げられていましたから、世界的に大きな事故であることは確かなんですけど、ここにいてネットの新聞などを読んでいて思うのは、なんて言うか、どう言う事になっているか全くわからないと言う事なんです…。昨日の時点では、私はどうして原子炉ではなくて原子力関連の企業でこんな臨界なんて言う事がおきて放射線漏れがおこったのか全くわからなかった…。今でもよくわかってはいませんけど…。それに、臨界と言う状態自体、私にはどんなものなのか理解出来てはいないんです…。まあ、それでも今日の朝の時点では、もうこれ以上の被害の拡大の恐れは今の所無い様ですから、一安心と言う感じです…。

 どうして私が東海村に関心を持つかというと、私の出身は東海村の隣の日立市なんです。だから、今でも友人とかは日立に住んでいますし、東海村には高校の頃の知り合いとかが住んでいます。そんな事から、この事故に関しては特別な関心を持ったんです。

 関心を持っても特別な情報がすぐに収集できるものでは無いから、ネット経由で新聞の速報などを収集する事しか出来ませんでした。これだとあまり能率的に的確な情報を得ているとは感じられませんでした…。これが付近の住民でなら本当に不安だろうと思います。ネットの発達で情報の伝達速度は速くなったとは言われても、日本を離れていて情報を入手しようとするとまだまだ課題は多いと感じました…。確かに、日本で何か起きたことはわかる。いつ、どこで起こった事かも大体わかる。でも、詳しい事はわからないんですね。これまではこんなに関心を持ってネットの情報を収集した事は無かったから、気にもしていませんでしたけど、ネットではすそのの方の情報が乏しいと思うんです。確かに根幹の情報は得られます。でも、それより少しでも掘り下げた情報を入手するのはすごく難しいんだなあ(!)と思いました。私のところにも、いろいろな方からクラコフについての質問が来ます。クラコフについても、根幹をなす旅行での交通や見所など、ガイドブックやいろいろな日本語ホームページで収集をする事は出来ますよね。でも、今日の気温とか天候を知ってどれだけ実感できるか(?)と言ったら、普通では難しいのではないでしょうか? 確かに30度を超えると暑いだろうと思うし、マイナスと聞けば寒いだろうと思うでしょう! でも、もし今の気温がマイナス4度だとして、日本でこの情報を読んでいる人の周りの気温が15度位なら、簡単にはこのマイナスと言う気温が想像できるでしょうか? この時、「マイナス4度の今日はこんな服装で外出しましたけど、風があり寒く感じました」なんて言う感想が付いているといいのかな(!)と考えました。私が書くときにも、遠く離れたところでこれを読んでいる方に気温とか季節の感じを伝えるには、こんな服装なんかの事を書く必要性は大いにあると感じました。

 私がこうして書いている日記は、読者の方を全く想定していません。と言うと嘘になるけど、でも相手を考えては書いてはいません…。あるときは自分に対してだし、あるときは壁に向かって…。今日なんかはこの壁に向かってって言う感じです…。この私の所でクラコフの事を期待した方にはごめんなさいね! ここで私はクラコフのいい所ばかりを書く気はないし、私が書くものがクラコフの案内の役に立つとも思っていません…。それなのにどうしてこんなに書いているかというなら、今ここクラコフで暮らしている日本人の私が、普通の生活の中で感じた事と考える事を、自分自身へのメモとして、そして記録として書こうと感じ始めたからなんです…。まあ、そうは言っても、私が書く事だから、自分用以外に役に立つと言うものでもないのですけど…。

わんちょ・クラクフ在住





「エッセー」の目次に戻る。