わんちょ

秋のプランティ 撮影: わんちょ 2001.09.01
《 はじめに 》
私はクラコフに住んでおります、ハンドルネーム『わんちょ』です。
クラコフからの便りをお届けいたしますのでよろしくお願いいたします。
ご意見ご感想をわんちょにお送りくださいませ!
wancio@priv6.onet.pl
2001年9月24日 《選ぶ》
選ぶと言う事…。日常的に誰でもが、無意識に何かを決めている事。
どこの道を通ろうとか、今日はどこのお店でお昼にしようかな(?)とか…。
いつも何かを決めていると思う。決めた事の中には、決めたこと自体すぐに忘れてしまうこともあるけど、いつまでも覚えている決断だって確かにある。あの時こうすれば、結果は違っていたかな(?)なんて、私もずっと覚えていることがあるし、決めたことに中には、本当にあの決断が、正しかった、最善だったかな(?)と考える事もある。まして、間違いだったと思う決断だって、確かにあった。私が後悔することの理由は、私以外の人の意見を取り入れて、それを私の決断としたこと…。あの事があってから、私は最後には私の意見で、結論を出す事にした。私の決済範囲内の私自身の決断なら、その結果がどうなっても私の責任で済むし、まして悪い結果でも、私は後悔しないで済む。
選ぶって言うことは、よく考えると、とても難しいことだと思う…。難しい事だから、迷いもするし、間違いもする。間違っても取り返しの出来る事なら何とか出来るけど、取り返しの出来ない事だってある。私は日本で仕事をしていた時の決断で、どうしても今でも後悔している…。刑事事件とか、民事的な損害賠償とか、そんな事ではなかったけど、私には責任があると今でも考えている。それは、ただ単に私が『もういいや』って言うその場かから逃げる気持ちで決めたことが原因…。まして、その決断の実行を私は別の人に依頼してしまった。こうしてこの事から、私は離れてしまった…。とても忙しくて、そんな小さな事まで、かかわれないと言うことが原因だったんだけど、今は大きな間違いだったと、確かに後悔している…。特に相手が人である場合、必要以上と思えるくらいの選択と決断が必要だと、今は思っている。
はたして、今それが出来ているだろうか? 私は『出来ています。』なんて事を言えない…。決めるということには、今でも、きっとこれから先でもずっと迷って、考えて、決めて、そしてその結果に後悔したり、他の決断をしたらどうだったかな(?)と考えるのだと思う…。
私にとって、決めるということで相手が人でない場合、まず後悔したりしない、しかたがなかったな(!)と思うだけ。あーあもったいなかったな(!)なんて思う位かな…。でも、相手が人で、私が決めることが、もしかしたらこの人のほんの少し、少しかも知れないけど影響を与えることがある場合、私はどうしても考えてしまう…。この決断は正しいかな(?)って。そして、私の決断は、この人を不幸にすることはないかな(?)って…。
はっきり言って、結果なんてわからない。もしかしたら明日には、面倒な結果になるかも知れないし、1年先…10年先にあの時になあ(!)と考えるかも知れない…。私は忘れてて、相手だけが覚えているかも知れないし、その反対に、相手は忘れてて、私だけが覚えていると言う結果になるかもしれない…。私が覚えているけど、相手は忘れているなんて事が、一番よい結果なんだと思う…。私はよく考えて、そして、その結果はまずまずだったから、相手が忘れてくれたと言う事だと思うから…。また、がんばろう!
2001年9月17日 《戦い》
私がこのポーランドで思うことのひとつに、ここは歴史的にたくさんの虐殺や戦いがおこなわれた地であると言うことがあります。いくどもいろいろな人がそして、いろいろな集団や国がここを戦乱の地にして来ました。第2次世界大戦ではナチスドイツがここに進軍して戦争が始まったことはよく知られていることです。
人はささいな事から喧嘩をしたりするけど、国もまたささいな事から、憎みあい、そして戦争へと進んでしまう…。とても、悲しい事だと思う。
国と国との争いに巻き込まれた、個人と個人は、その個人の意思に関係なく、当事者同士という関係になって争いの影響をそのまま受けることとなる…。どうして憎みあい争い合うのだろう?
アメリカ、ニューヨークの高層ビルにハイジャックされた旅客機が衝突して崩壊した事件で、首謀者は国家的な組織と言い、名指しで国名まで出されている。まして被害者であるアメリカは、報復宣言と言うような発表までしている…。この事件が元で、アメリカ軍による、攻撃が公式的に主権国家に対して行われると言う事があるとしたら、私は間違っていると思う。確かに今回のこのようなテロ行為で亡くなられたたくさんの方の事を考えると、やりきれない気持ちとなるけど、テロ行為に対して、正規軍による攻撃と言う事は、私はどうしても理解出来ることではない。
まして、NATO各国や日本まで、アメリカ支持を公表していて、アメリカに戦争しても良いですよなんて、言っているように、私には思える…。どうして、こう言うことになるのだろう???
まあ、とても物騒な世の中になって来たんじゃないかな。飛行機に乗ってハイジャックされると言うことだけでもとても大きなニュースなのに、その飛行機が特攻機のように建物に突入するというのだから、とてもびっくりする話になった。
2001年9月5日 《雨…そして》
雨降り…。この季節で、雨が降ると一段と気温が下がる。この雨のあとも、冷え込んでくると思う。
世界のニュースの中で、アイルランドの小学校の事が取り上げられていた。アイルランドではカトリック系住民とプロテスタント系住民との問題がよく知られているけど、この小学校の事もそう…。プロテスタント系住民、200人もがこの小学校の通学路を封鎖したと言うのだ…。問題はカトリック系の住民の子供がプロテスタント系住民の地域を通って小学校に通学していると言う事にあると言う。プロテスタント系住民に言わせると、この通学している子供の親の中にIRAの構成員が含まれているからと言う事らしいけど、そんな道路を歩いている人が何を信じていても良いと私は思う。この宗教の人、このグループに所属している人には、私の家の前の道路を通行して欲しくない、なんて言う方がおかしいのではないだろうか! それも、子供の通学路で…。まして、両者とも警官隊と混乱をおこして、火炎瓶まで投げ出す騒ぎなんだって…。そんな中、親はおびえて泣いている子供を通学させていると言うのだけど、私ならそんな危ない中で、娘を学校に行かせたりしない! どちらも意地になって、子供を無理に通学させたり、子供の通学路を封鎖してみたりしているのではないかと私は思う…。
日本では考えられない事だけど、小学生の低学年での通学には、ここでは親が送り迎えする。私には過保護に見える事だけど、ここでは普通の事…。このアイルランドの小学校でも、同じで親が普通に子供と通学していたと思う。この親が問題となったようだけど、子供を通学させている時に問題を起こす親がどれだけいるだろうか? すごく少ないと思う…。それなのにこんなに大きな騒ぎにまで拡大してしまっていると言う事は、この地域以外からの活動家が来ていて、暴れていると言う事なのではないかなと思う? 子供のためにも早く落ち着いてもらいたいものです。
昨日はちょっとした空き時間にクラコフ郊外の菜園に行ってきました。今はちょうどシリフキ(プル―ン)の季節。今年のシリフキはどうした事か、実の中に虫が居なくてたくさんとても良く出来ています。昨日は食べる分だけを収穫して来ましたけど、昨日収穫した分よりあと何十倍ものシリフキがまだなっていて、木の下には落ちたシリフキだらけと言う状態…。これも、腐る前に処理しないといけないのだけど、出来るかな?と心配なところ…今年は寒さが早く来たせいか、クルミの木の葉がいつもより早く落ち出したと私は感じています。これまでは、クルミの葉は最後まで付いていて、こんなに寒いのになあ(?)と思う頃に落ちたものですけど、今年はもう葉を落とし始めていました…。もう少ししたら、今年の新しいクルミの収穫の季節です。
もう少ししたらまた冬になるんだけど、私は夏より秋から冬の季節が好き…。ここの冬は毎日毎日どんよりした厚い雲に覆われた曇りの日が続くんだけど、でも、これからの季節はすごく落ち着いてて、そしてすごく静かで、何をするにも良い季節だと私は思う。この秋から冬は、私は遠距離通勤しなくちゃならないから、それだけはちょっと大変だけど、またこれまでと違った新しい事への挑戦だと思って出来るだけの事をしようと思っています…。どうなるかな(?)と考えるときりがないし、悪い事を考えるとまたこれもきりがない…。まあ、仕方が無いのでピョンと床の見えない台から飛んでみると言う感じかな!? もしかしたら、思いの他、床は近いかも知れないし(?)、もしかしたらすごく深いかも知れない? 床は砂利かもしれないし(?)、大きな岩かもしれない? まあ、何であっても仕方が無いな(!)って言うのが、今の私の気持ち。
2001年9月4日 《秋》
昨日の朝の気温8度。今日の朝の気温10度…。一段と冷え込んで来ました。もう、これから暑い日があるとは思えません。それでも、天気が良いと日中は25度位まであがって、気持ちの良い日になるのがこんな今頃の季節です。
郊外の森では、木々が一段と葉の色を茶色に変えて来ています。大きなとちぐりの木の葉が茶色に少しずつ変るさまは、夏の終わりを伝えているように私は感じています。
2001年9月4日 《コンピュータウイルス》
コンピュータウイルス…。私にとってとても身近な存在になってきました…。と言っても、私が作っていると言う事ではないのです。まあ、これがまた時々、思いだした頃に届くんだ。
私はメールに付けられた添付ファイルで〜〜〜.EXEなんて拡張子の付いているファイルは絶対に開かない事にしています。ときどき特別に意味無いファイルを添付して送ってくれる友人がいるのですけど、これはやめて欲しい…。この友人には、最近ウイルスがちょこちょこ送られてくるので、私は添付ファイルにはとても注意しているから、止めてほしいと伝えてやめてもらいました。しかしこの友人の他で、添付ファイルを送りつけるところがあります。ダイレクトメールを送りつけてくる会社に…。私は明らかに広告と思われるアドレスで、送られてきた添付ファイルは無条件で削除しています。このウイルス被害が騒がれている時期に、添付ファイルでダイレクトメールを送るなんて、その会社のネット上での方針を疑いたく私はなりますね…。何を考えて、ダイレクトメールに添付ファイルなんてするのだろうか(?)と。
2001年9月1日 《秋の訪れ》
この1週間急に涼しくなって来ました。どのくらい涼しくなったかと言うと、朝の気温が15度以下…。13度とか14度くらいと言う事なんです。日中は太陽が出ると、なんとか暖かくなりますが、これが曇りだと、薄手のコートを着ている人を見かけるくらいに肌寒く感じます。確かに毎年9月になると最低気温が15度をしたまわるようにはなるのですが、それにしても、今年は秋の訪れが少し早いようです。まあ、夏らしい暑さは7月の少しと8月の初めくらいで終わってしまったと言う事なんですね。
秋の訪れとともに、市場の果物は豊富さを増して来ます。今、市場では輸入品の大きな桃やぶどうがたくさん売られています。これがもう少しすると、近くの村で収穫されたりんごにプル―ン、そして秋の終わりとして霜が降りる頃にクルミが売られます。市場にクルミが山積みされて売られ出すと、冬はもう始まっていると言う事なんです。
私は友人に誘われて、とある仕事をこの9月から始める事になってしまいました。私としては、今のままの生活で何の不平も無くて充分満足しているのですけど、どうしてもと言う事で引き受けてしまって、大変な事になりそうなんです…。現実には8月の終わりからいろいろと始まっていまして、とてもごたごたしていて、8月の終わりの日記を飛ばしてしまったのです。今は自宅でひまな時間を見つけて、こうして日記を書いている(書いてきた)のですけど、9月半ばからは、仕事先の机の上(?)で、ノートパソコンを開いて日記を書く事になります。この仕事を始めると、私の生活はどう変るか? 収入面では出来高制だから、これまでと変らない。でも、金額的には減るんじゃないかな(???)と私は考えていて…どうなるでしょうか?
通勤時間は車で1時間半くらいかかります。思いきって近くに住んだら(!)と言われているのですけど、私はこの街が好きだから、ちょっと大変でも通勤しようかな(?!)と今のところ考えています。でも、冬…雪が降って、道路がかんかんに凍結するような時期だと…どうかな??? いろいろと問題ばかりでくらくらしそう。
8月に書いたパソコンの故障だけど、デスクトップの電池切れは、結局電池をなんとか交換して今のところ、問題無く動いてくれていますが、いつまた電池切れの表示が出るか(??)と心配しています。なぜ、電池を交換したのに、いまでも心配しているか(?)と言うと、私の安パソコンはマザーボードに付けられている電池自体が半田でICに接着されていたのです…。と言う事は、そのまま外す事は出来ず、半田ごてで温めて古い電池を取り外しました…。でも、新しい電池を取り付けるときに、電池と接着
されていたとても細い線が根元から折れてしまって、大変な思いでかろうじて接着したのです…。もちろんかろうじて…ですから、接着されている事を目で確認できるような状態ではありません! そんな状態で、かろうじて接着された電池とICを、そのまま静かにマザーボードに固定して、スイッチON…。無事起動してくれて、今でも使えるのですけど、こんな状態ですから、いつ接着がはずれてもおかしくない状態なんです…。もう古いパソコンなので、買い換えろ(!)と言う事なのでしょうけど、今のところまた新しいパソコンを買えるような状態ではないので、もう少しがんばって動いて欲しいものです。
そしてもう一台。壊れていたノートパソコンの方ですけど、こちらはハードディスクが壊れていたもので、データを一部読み出さなくなっていました。この事が原因でOSが起動しなくなっていたのです…。なんとかこのハードディスクを助けられないものか(?)と何回もスキャンディスクをしたりしましたけど、結局どうする事も出来ず、考えた末に新しいノートパソコン用、ハードディスクを購入する事にしました。しかし、このノートパソコン自体も新しい物ではなく、マザーボードはハードディスクの容量が8.4ギガまでしか対応していません。このパソコンではハードディスクの8.4ギガまでの容量しか認識されません。いくら20GBとか40GBの大型ハードディスクを搭載しても、8.4ギガ以上はブランクになるだけなんです…。FDISKで認識されません。でも、大容量のハードディスクを認識するパソコン(この1〜2年一般的に販売使用されているパソコン)でハードディスクを認識してFDISKで設定さえしてしまうと、8.4ギガまでしか認識しないパソコンに接続しても大容量のまま使用できます…。私はこの事を、友人に借りた大型のハードディスクでいろいろと試した時に知りました…。ですから、今回私は友人のパソコンで、今回購入したノートパソコン用20GBハードディスクをFDISKで設定だけして、私のノートパソコンに接続しなおし、ここでフォーマットしました。これで、8.4ギガまでしか認識しないパソコンで、20ギガのハードディスクが使用出来るようになったのです。
まあ、こうして使用できるようにはなったのですけど、このハードディスクを購入するのに2万5000円もかかってしまった…。今度購入した2.5インチハードディスクは東芝製のもので、壊れたのはIBM製のもの…。このIBM製のものの前はオリジナルの日立製でした…。このIBM製の6ギガのハードディスクは、始めから振るとかたかたと中で音がするもので、なんか大丈夫かな(???)という気持ちがあったのですけど、ちょうど保証期間の1年間が過ぎたところで、壊れてしまいました…。壊れたと言っても、扱いが悪かったと言う事があったのかもしれない…と、私は反省はしているのですけど、このノートパソコンを車の助手席の下の足のところに置いて(シートの上に置くとブレーキを踏んだ時に下に落ちたりして、壊れるといけないと思ったから…)、高速道路を40分くらい走って、それから、舗装の悪い一般道路を20分くらい走って帰宅してみたら、もうハードディスクを読みこまなくなっていたと言うものだったのです。こんなに簡単に壊れるものかな(?)とは思うのですけど、これからはとても注意しないと高く付くよ(!)、と言う教訓のように考えています。
ハードディスクはメーカーによって音に違いが大きいのですけど、IBM製ハードディスクはうるさかったのですけど、東芝製ハードディスクは静か! これで壊れないで長持ち(!?)してくれると良いのですけどね…。
わんちょ・クラクフ在住