ショパンの故国 ポーランドを訪ねて&ウィーンでオペラ 6

石井よしみ





5月7日(水)


キュリー夫人博物館
到着したした日は、臨時休業で、
昨日は閉まる30分前に行ったら、もうだめって言われちゃったの。
三度目でやっと入れたので嬉しいわ。


   
キュリー夫人とは?
女性としてはじめて、そして史上初の2度のノーベル賞を受賞したました。(1903,1911年)
彼女は夫のピエールと放射能の研究を進め、ラジウムという新しい物質を発見しました。
けれど長い間に大量の放射能を浴びたキュリー夫人は病気になってしまいました。
当時は放射能が体に危険だということが、まだ知られていなかったのです


ゲットー記念碑
戦前のワルシャワはニューヨークに次いでユダヤ人が多く集中していて
人口の30%にあたる38万人がユダヤ人だったということです。
しかし、強制収容所ができる以前にも、財産を没収され、飢えや病いで十万人のユダヤ人が亡くなったそうです。
1940年から43年まで、ポーランドのワルシャワのユダヤ人ゲットーは一番過密な時で、
約300ヘクタール内に50万人近くが強制移住させられていました。




ジグムント3世は1611年、首都をそれまでのクラクフからワルシャワに移したました。
この時に改築された館が、その後も王宮として、また、文化や政治の中心として、
ワルシャワの歴史を静かに見守ってきました。
建物の象徴はジグムント3世の名をつけた、時計塔です。


    
ツアーのパンフレットにも宮殿でのコンサートというのが
ありましたが、ここでやるのね。
リハーサル中でした(^.^)


14世紀以来、ポーランドの激動の歴史を見守ってきた旧王宮は、
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツは空爆と建物に仕込んだ1万個のダイナマイトにより、
この建物を徹底的に破壊しようとしました。
しかし市民の執念により、戦後長い時を経て1988年、
建物は中世の華麗で美しい姿を取り戻しました。




最後の夜なので、一人でちょっと寂しいけど
レストランに行くことにしました。
地球の歩き方に
「高いレストランが多い旧市街で、良心的な値段」
と書いてあったら選んだの。


メニューを見たら、本当にリーズナブル(^.^)


広場にある郵便局もすごくおしゃれなの。
日本に絵葉書を送りました。


さてと今日はちょっと早いけど明日に備えて
ゆっくりとお風呂に入って寝ることにしました。




5月8日(木)

朝7時に来てくれるということになっていた 大家さん?を待って鍵を返しました。


バス停が近くにあるから楽チンだわ。
175番のバスは中央駅経由で空港に向かいます。
約1時間かな。


LH 帰りはルフトハンザなのでフランクフルト経由です。
フランクフルトまでは約2時間の空の旅。


ユーロのお国に到着したけど、入国がすごい行列!
これでまた出国すると思うとちょっと大変。
乗り継ぎは時間に余裕がないときついかも。


LH のゲート前は日本人がたくさん。
帰りの便で和食を頼むのは、現地調達だから
あまり良くないっていうけど、やっぱり久しぶりに食べたいもん!


  
お寿司とかあるし、幸せ〜!






アウシュビッツ(オシフィエンチム)に行って来ました。
自分の生きてる星の美しいもの 素晴らしいものを直接見たいと
繰り返しているHANEだけれど 地球の上では悲しい苦しい事実の
積み重ねがあまりにも多く 辛い歴史をもあちこちで感じるの。
エジプト・ローマ等の乾いた遺跡としての歴史と違って
アウシュビッツもカンボジアも広島も 人々の息づかいや
涙・苦しさが直接私に呼びかけてくるようで…。
ここは数時間だけの滞在だったけど
もしずっと長くフェンスの傍らに
一人でたたずむことができていたならば
もっとみんながいろんなことを語ってくれたかも…。




ウィーンで会った小沢さん と(^.^)
気さくで素敵な方でした。



最後まで見て下さってどうもありがとう(^.^)
掲示板に感想などいただけると嬉しいな。



   




(2003.07.21)