
98年夏・ポーランド三部作+1
置村公男
+1: スキンヘッドの背景にあるもの
二年前のポーランド史研究会10月例会の後、京
都大学人文科学研究所の小山哲先生が次のような
体験談を話された。「スキンヘッドの男がすれ違
いざまに『私は人種差別主義者だ』とぶつぶつ呟
いて、妻が気味悪がっていた。似たような体験を
私もした。エウロペイスキ・ホテル前の公衆電話
ボックスに入っている時、不意に背後から大声を
浴びせかけられたような気がした。振り返ると若
い男女が通り過ぎていく。男はみなスキンヘッド
である。気にもせず歩きだし、彼らを追い越し、
信号待ちをしていた。青信号になったので歩きだ
そうとしたら、後からドスンとぶつかってくる者
がいた。スキンヘッドの男である。更に続け様に
ぶつかってきた。今度は若い女であった。二人と
もこちらの方を振り返り、ニヤニヤしている。
「無礼者!」と[心の中で]で私は叫んだ(よくあるバ
ターン)。
ドイツのネオナチをはじめ、ヨーロッパ各地で
スキンヘッドの若者が外国人排斥の先兵として暴
れている事は時折、日本でも報道されている。民
主化後のポーランドでも「スキンヘッドには要注
意、日本人は(北朝鮮、中国、ヴェトナムから来
た人に間違われ)狙われ易い」という話を聞いた
事もある。前回、前々回のポーランド滞在でも感
じた事であるが、最近、アジア系の人を特にワル
シャワ市内でよく見かける。アジアの中でもビジ
ネスの関係で来波した韓国人と、ファーストフー
ド(屋台)の店を出しているヴェトナム人が目に
つく。私もヴェトナム料理の屋台は安くて味覚が
合うのでよく利用した。勿論、中国系の人もよく
見かけた。安い賃金で働くアジア人がスキンヘッ
ドの若者をはじめ、ポーランド人の職を奪い、ま
た、治安悪化の原因となっていると彼らは考えて
いるようだ。そのような主張を繰り返す極右政党
をスキンヘッドの若者は支持している。ヨーロッ
パの他国をみてもフランス国民戦線、ドイツ国民
連合などが選挙で議席を獲得している。しかし、
彼らの主張は不正確で、論旨のすり替えがあり、
そのようなデマゴーグ(民衆扇動政治家)に煩ら
れるのはスキンヘッドの若者も含めて、教育水準
の低い人、低年齢層などの歴史を知らない人や歴
史から何も学ばない人であるとみなされてきた。
ところが、そのような人々だけでなく、異民族
や異文化を排斥する考えはもっと根深いのではな
いかと私は思うようになった。即ち、知識人や文
化人などの教育水準の高い人にまでそのような考
えが浸透している。否、彼らこそがそのような考
えの源になっているのではないか。一つの例が映
画監督ロベルト・グリンスキの発言である。
(「そ
の1: 98夏・ポーランド最新映画事情」でも触れたよ
うに、)カチンの森を題材に映画を撮影中の彼は
テレビのインタビューで「私はアジアの野蛮を描
いた」と発言したそうである。
ロシアがかつてモンゴル帝国の支配下に
あった事と絡めて、ロシア=アジア(東方)文化
の影響地域とみなす考え方がヨーロッパにはある。
またヨーロッパでは東へ行く程(即ち、アジアに
近づく程)、民度が低くなるとしてスラヴ人、特
にロシア人をはじめとする正教徒を蔑視する傾向
がある。そのような東方=アジア=野蛮という偏見
は確かにポーランドにもあるが、それをマスメ
ディアを通して、映画監督という文化人が発言し
た事に私は大きな衝撃を受けた。更に追し打ちを
かけた事がある。日本でそのような発言があれば
マスコミが大々的に取り上げ、大きな社会問題、
時として政治問題や外交問題にまで発展する事も
ある。東条英機を主人公にした映画「プライド
−運命の瞬間−」が中韓首脳から批判された
事は記憶に新しい。しかし、グリンスキ発言に対
し、ポーランド国内のマスコミや世論は勿論、日
本をはじめ、アジア各国の大使館は何ら反応を示
さなかったという。ここにポーランドにおける異
民族や異文化を排斥する考えの裾野の広さを見て
とる事ができる。これは対アジアの問題だけでは
ない。
ポーランドに関わる者として憂慮すべき事件
が最近あった。オシフィエンチム(アウシュビッ
ツ)に十字架をたてる者がいた事。それだけでな
く、それをグレンプ枢機卿が支持する発言をした
事である。アウシュビッツの犠牲者はユダヤ人だ
けではないが、最大の犠牲者はやはりユダヤ人で
ある。ナチスによるユダヤ人虐殺にカトリック教
会が陰に陽に関わってきた事はスロヴァキアの事
例やポーランドの事例があり、それについても私
は今までに指摘してきた。(ヴィスワ10号拙稿
「祭りの後には・・・」、17号拙稿
「ワイダ映画のユ
ダヤ人 −『聖週間』に見るワイダの問題意識−」
を参照)。その地にカトリック信者が十字
架をたて、それを枢機卿が支持する事にポーラン
ドにおける大国主義とそれと不可分の反ユダヤ主
義を見た思いがした。戦後のポーランドにおける
ユダヤ人なき状態での反ユダヤ主義をまたしても
証明する事になった(ヴィスワ17号拙稿、本号の
その2を参照)。さすがにユダヤ人はそのような問
題に敏感なのか、彼らの抗議によって、この事件
はすぐに国際間題と化し、グレンプも支持発言を
取り消した。
人々の異民族や異文化を排斥する文化的不寛容
さは知識人・教養人・文化人などの思想的指導者
・或は政治的指導者の影響である。同時にポーラ
ンドのこの問題は彼岸の事ではなく、私達の問題
でもある。ポーランドの知日家の間でも日本の
「自由主義史観研究会」の動向は話題になってい
るようである。東京大学教育学部の藤岡信勝教授
を中心に従来の歴史教育や教科書を「自虐史観」
として攻撃し、新しい歴史観を打ちたてようとす
る動きである。ナチスの蛮行をスターリンによる
大粛清やポル・ポト派の虐殺などと比較する事に
よって相対化しようとした動きやアウシュピッツ
は捏造である(いわゆる「アウシュビッツの嘘」)
と主張する人々は歴史修正主義者といわれ、批判
されてきた(西ドイツにおげる1980年代の歴史家
論争が有名)。どの国、民族においても愛国派や
国粋派のような知識人・文化人もいれば、自国や
自民族の歴史の暗部を直視しようとする良心派の
知識人・教養人もいる。ポーランドにおける文化
的非寛容主義に対する知識人・文化人の影響力の
大きさは既述の通りであるが、勿論、良心派も多
数いる。良心派にとってドイツの歴史修正主義の
動きは憂慮すべき問題であり、同様に日本の「自
由主義史観研究会」の動きも気になるようである。
私の生徒(高校3年生)の中にも小林よしのり「新
ゴーマニズム宣言スペシャル戦争論」や映画「プ
ライド −運命の瞬間−」をみて感動している
者もいれば、憤慨している者もいる。しかし、確
実に言える事は、従来、日本の若者はこの問題に
余りにも無知無関心であり過ぎたという事と、最
近「自由主義史観研究会」の影響は着実に浸透し
ているという事である。せめて私の授業に参加し
てくれた生徒はアジアと日本の関係について、歴
史から謙虚に何かを学びとってほしいと考えてい
る。
スキンヘッドの連中に心の中でこう叫ぶ自分が
いる事に気がついた。「私は日本人だ。ヴェトナ
ム人や]朝鮮人、中国人じゃない。」私の中にも
差別する心は巣食っている。
(『WISLA』第20号 1998年12月1日発行)