
ダニエル・オルブリフスキ礼讃
置村公男
巨匠の映画には「顔」とでも呼ぶべき名優がいる。黒沢明の作品に三船敏郎、小津安三郎に笠智衆、フェデリコ・フェデリーニにマルチェロ・マストロヤンニ、ビリーワイルダにジャック・レモン・・・、という具合に。
アンジェイ・ワイダの「後期」作品の「顔」は間違いなくダニエル・オルブリフスキである。「ん? なぜ後期だけの顔なのか?」といぶかしく思う向きがあるかもしれない。ワイダ映画ときて多くの人が思い浮かべる映画が初期の抵抗三部作の一つ『灰とデイヤモンド』である。その中で主人公マチェックを演じ、青春の苦悩を体現したズビグニェフ・チブルスキこそワイダ映画の顔になるはずの役者であった。ところが、彼は不慮の事故で夭折した。当たり役マチェックのイメージや実人生の最期が重なるためか、チブルスキは「ポーランドのジェームス・ディーン」と呼ばれた。それ故、チブルスキ亡き後、ワイダ映画の常連となったオルブリフスキは「顔」は「顔」
でもワイダ映画「後期の顔」と言う方が正確である。
ところでチブルスキが「ポーランドのジェームス・ディーン」であるならば、オルブリフスキは誰に例えられるのであろうか? 1998年1月、「関西でワイダ映画を上映してくれる名画座といえばここ」と私が勝手に決め付けている大阪日本橋の「国名小劇場」で、1979年の作品『ヴィルコの娘たち』を観ながら考えてしまった。病弱で二枚目のインテりをオルブリフスキが演じ、彼への思いを秘めた6姉妹が絡む文芸作品である。オルブリフスキ演じるもてもてのヴィクトルにジェラシーを感じつつも、私にはヴィクトルが引きずる陰影や暗さが印象に残った。二枚目、インテリ、陰影・・・ときてピンときた。これこそオルブリフスキがワイダ映画で演じてきた役のイメージである。マチェック役のイメージと重なる名優が頭に浮かんだ。森雅之である。
「一体誰なんだ?」という声が聞こえてきそうである。オールド・ファンならばご存じかもしれない。黒沢監督の『羅生門』では三船演じる山賊に妻(京マチ子)を奪われる武士、成瀬監督の『浮雲』では女(高峰秀子)との腐れ縁を切れない小役人、
小津監督の『安城家の舞踏会』では落ちぶれていく華族の自堕落なプレイボーイの長男を演じてきた。正に知的な二枚目を演じて彼ほどデカダンス(頽廃美)を表現できる役者はいない。海外で、特にルキノ・ヴィスコンティの映画などで活躍していたならば早川雪州や三船以上に世界的名優になったであろう。森の場合は血筋と環境である。「白樺派」の代表的作家で情婦と心中した有島武郎を父に持ち、学習院から京大の哲学科に進み、京大中退後、演劇界に身を投じた(戦前の演劇界は左翼系知識人の
巣窟)。彼が得意としたデカデンスに満ちた陰を引きずる二枚日のインテリという役は、実は彼自身の素顔でもあった。
(解説が長くなったが)という訳で、オルブリフスキは森雅之を思わせる「危(あぶ)なさや危(あや)うさ、脆弱さ」を持ちつつも「男の色気が匂いたつ」役者、そんな気がしてならない。オルブリフスキは「ポーランドの森雅之」である。私は声を大にして言いたい。
シュラフタの末裔で野望を抱きつつも女との深みに陥り、最後には破綻してしまう『約束の土地』のカール、『白樺の林』での主人公の兄、『婚礼』で百姓の娘と祖国を救うために結婚するインテりなど、上述した森雅之のイメージと重なる役ばかりである。ワイダ映画では他に『ダントン』にも出演している。森雅之が最も森雅之らしい役を演じたのが『安城家の舞踏会』の長男であったが、オルブリフスキが最も彼らしい役を演じたのは何であろうか? それは私が今まで観た映画の中では皮肉なことにワイダ映画ではなかった。クシストフ・キェシロフスキの『デカローグ』第三話で
ある。クリスマスに、突然別れた恋人が現れ、心が揺れる妻子持ちの中年男性をオルブリフスキは味わい深く演じている。しかし、『デカローグ』第三話以上にオルブリフスキの魅力にあふれた作品と出会った。それが『ヴィルコンの娘たち』である。陰のあるハンサムなインテり、ポイントになるのはその陰である。オルブリフスキ演じるヴィクトルの暗さである。それは映画の冒頭で描かれているようにヴィクトルが親友の死を通して死を意識することに由来する。死を意識した男と対照的に描
かれる若く瑞々しい未娘トゥニャ。「もてもてのヴィクトルにジェラシーを感じ」と私は既述したが、もしかするとそれはトゥニャをはじめ、どの娘から思いを寄せられようとも本気になれないヴィクトルの心に私が魅かれ、自身を同一化させたのかもしれない。
最後に、今回のテーマからは外れるが、人物類型に関して。複数の男女が絡んだ恋愛物語といえば文学でも映画でも『風と共に去りぬ』『天井桟敷の人々』等が有名である。これらの作品に関して私が問いかけたいことがある。男怪に対しては「貴兄はどの女性が好みのタイプか? 『風と共に去りぬ』でいえばスカーレットのような気性の激しい女性か、或いはメラニーのような素直な女性か?」と。女性に対しては貴女は自分をどのタイプの女性だと思うか?」と。ヴィルコの娘たち』の6姉妹の中で、
「貴兄はどの娘がお好きか?」「貴女自身はどの娘と同じタイプか?」
私は・・・・・・。
(『WISLA』第18号 1998年3月14日発行)