ポーランド・シネマサロン


置村公男






その1: 映画俳優ワレサ、デビュー!



 映画俳優から一国の大統領に転身した例としては、レーガン元アメリカ大統領やエストラーダ現フィリピン大統領が有名である。また、大統領引退後に映画に出演したのは旧ソ連のゴルバチョフである。但し、彼の場合は台詞がなく、彼自身の役として画面に映るだけであった(ヴィム=ベンダース監督『時の翼』にのって/Faraway,So Close!)。旧ソ連本国では不人気でも、西側諸国では人気のあったゴルビーらしい映画出演であった。
 最近、大統領退職後、れっきとした台詞のある役を与えられた人がいる。レフ=ワレサ(ヴァエンサ)である。昨年(1999年)11月に公開された『寓話の国Jという作品である。同映画はポーランドとおぼしき架空の国での大統領選挙を題材に、政治腐敗を風刺した作品である。ワレサの役どころは主人公と対立する大統領候補である。
 同映画はポーランド国内映画で、ポーランド以外の国で彼の映画俳優ぶりをチェックするのは難しい。ゴルバチョフは彼の西側の友人との交友が機縁で世界的に有名な監督作品に出演した。しかし、ワレサの場合は違う。ノーベル平和賞受賞という点でワレサの世界的知名度はゴルバチョフのそれに見劣りしない(ノーベル平和賞受賞についてワレサは1997年11月に来阪した時のシンポジウムで謙遜しつつも操り返し言及していた)。にもかかわらず彼は国内映面に出演した。それは今年(2000年)秋を意識してのことである.勿論、大統領選挙である。
 1995年の大統領選挙でクワシニエフスキに敗れてからというもの、ワレサの捲土重来を期した日々が続いた。その知名度をいかして日本をはじめ各国で講演を続けたのも資金集めが目的である。出演依頼を受けてワレサは「自分は演技が下手だ」と断ったそうだが、「政治も演技だ」とおだてられ、承知したという。芝居の舞台ならぬ政治の舞台へのカムバックを果たそうという彼の野望が見え隠れする。
 どなたか映画をご覧になった方のワレサの演技評をうかがいたいものである。

参考記事=日本経済新聞1999年12月11日付け朝刊国際面


その2: ワイダ、アカデミー特別名誉賞受賞
〜「国民映画」「言語文化」「文化的多元主義」私論〜



 1990年の黒澤明と同じく、特別名誉賞を第72回アカデミー賞でアンジェイ=ワイダが受賞した。口の悪いマスコミは「(ワイダは)今の映画ファンにとっては『Who?』だろうが、ここがハリウッドのポリティカリー・コレク卜政策のしたたかさで、ポーランドの巨匠を選んだ」と評している(1)。ポリティカル・コレクトネス(Political Correctness)とは「政治的正しさ」の意で、その主張の一つに文化的多元主義を指摘することもできる。
 ワイダはある雑誌のインタビューで、国民映画への思いを語っている(2)。神戸100年映画祭のトークショーでワイダは「国民映画(film narodwy)」という語こそ余り使わなかったが、通訳が内容を意訳して「国民映画」という語を用いていた(『ヴィスワ』16号拙稿「アンジェイ=ワイダ・トークに参加して」を参照)。ワイダの話を総合すると、国民映画とは国や民族の歴史や伝統をモチーフに、国や民族の言語で表現された映画ということになる。4年前ワイダは若者のアメリカ映画や英語文化への傾倒を嘆いた。彼の国民映画への情熱はホロコーストを題材にした『聖週間』(『ヴィスワ』17号拙稿「ワイダ映画のユダヤ人―『聖週間』に見るワイダの問題意識」―を参照)やアダム=ミツキェヴィッチ原作の『パン・タデウシュ』を観ても分かる(実は『パン=タデウシュ』を私はまだ観ていない)。
 最近、私も一映画ファンとしてワイダの「国民映画」論への共感を強めている。昨年、日本で公開されヒットしたイタリア映画に“LA VITA E BELLA”がある。映画の舞台も役者も製作者もイタリア及びイタリア人(台詞も勿論イタリア語)なのに、邦題は『ライフ・イズ・ビューティフル』と英語になる。よく考えると英語以外のヨーロッパ系言語の映画の邦題を英語で表す例が最近急増している。私は映画も文学同様、言語文化の発露と考えている。従って邦題を考える際も、原語を尊重するか日本語での名訳を考えるべきであると思う(例えば“Love is a many splendored thing”を『慕情』と名訳した先例がある)。一方で『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ&アメリカ』という具合に原題が英語である場合は、日本で馴染みのない単語であろうが英語のままカタカナ表記する例もある。これは筑紫哲也いうところの「英語帝国主義」ではないか?更に中教審では「英語公用語」論まで出てきた。
 私は英語を否定する気は毛頭ない。寧ろ英語は習得すべきであると考える。しかし、その上で相対化する必要があるとも考える。即ち英語だけを絶対視することには反対である。私は敢えて言えば「母語(3)の確立を前提とした文化的多元主義」論者である。
 映画とは人々の生活に根ざし、民族や地域の言語文化を体現した娯楽芸術である。ワイダ映画を観るにつけ、その思いを強くする。前述の通り、ワイダの今回の受賞は文化的多元主義に名を借りたハリウッドの世界戦略の匂いがしないでもない。しかし、スピルバーグが『シンドラーのリスト』を、またメル=ギブソンが『ブレイブ・ハ―卜』を製作したように(共にオスカー受賞作品)、先祖の歴史を映画というメディアを通して描こうとしている人がハリウッドに多いのも事実である。彼らにとってワイダは良き師であつたし、今後もそうであろう。
 ポーランドでは自国製作映画が少しずつ増えてきている(その4を参照)。ポーランドとその国民映画・言語文化を愛する者として喜ばしいことである。ワイダの嘆きも和らいだかもしれない。否、もしかするとワイダの嘆きは実は日本の文化的貧困への嘆きかもしれない。
 尚、本紙27頁の田口会員による、「『ポーランド語に関する法律』発効」も参照されたい。

(註)

  1. 成田陽子「第72回アカデミー賞授賞式レポート」(『キネマ旬報』2000年5月上旬号所収)33頁)
  2. 「芸術家が政治的社会的責任を持つのはポーランドの美しい伝統だ。この伝統は文学が全てだった時代の産物だ。18世紀末に地図から抹消されたポーランドが生き延びられたのは、言語が生き延びられたからにほかならない。」『ニューズウィーク日本版』2000年4月5日号66〜67頁
  3. 「母国語」は国家なき民族にとっては自らの言語でない場合もあり、不正確な表現である。最近では「母語」という表現も「育児=女性の仕事という一面的な考えの発露」との指摘もあ る。「父語」かもしれないという訳である。従って物心ついて最初に習得した言語という意味で「第一言語」と呼ぶべきかもしれないが、これはまだ日本では馴染みが薄いので、ここでは従来通り「母語」という表現に留めておく。



その3: 「ワイダ映画をビデオで観る会」始まる
〜日ポ協会関西センターも後援(?)〜



 ここ数年、私は毎年のようにポーランド映画会の企画を提案していた。しかし、いざ実行となると作品選定で迷い、実現に至っていない。「とにかく今年こそ実行」と思っていた矢先にワイダの受賞。これは渡りに舟である。ワイダ受賞を機にワイダ映画の歴史をたどるという名目で表題のような催しを思いつく。彼の作品ならば衛星放送から録画したものを中心にビデオが私の手元にある。誰かの自宅で仲間とビデオ鑑賞し、その後、映画について歓談するだけでよい。映画ファンは三度映画を楽しむ。予告編やマスコミの前評判をみて楽しむ。劇場で作品を観て楽しむ。映画の後、仲間と歓談して楽しむ。ビデオ会ならば、費用はかからない。日ポ協会関西センターから資金援助をお願いしなくてもすむ。精々、自分達で飲み食いする費用だけである。一応、『ヴィスワ』の紙面や総会の場を借りて宣伝しているから「後援」といっても差し支えないかもしれない。
 ワイダ映画を四区分し、年代順に辿る。観た後、話し易いように簡単なレジメ程度の資料を準備する。四区分とは『灰とダイヤモンド』等の抵抗三部作、『約束の土地』等の文芸作品、『鉄の男』等の70年代〜戒厳令の政治色の強い作品、『鷲の指輪』等の89年以降の作品である。それぞれ1本ずつ4回に分けて観るシリーズ企画である。  試しに4月16日(日)の総会で告知した。京阪神各方面から集まりやすいようにと会場は総会と同じK.G.ハブスクエア大阪とした。とりあえず早いうちに第1回を開こうということで日時は22日(土)午後となる。余りに突然すぎて、人が集まらないかもしれない。最低でも私以外に誰か一人きてくれるのであれば、私はやる気でいた。幸いに留学生のカロリーナさんが参加を申し出てくれた。
 ところで、記念すべき第1回作品は何なのか?『灰とダイヤモンド』か?『地下水道』か?実は23日(日)は復活祭であった。つまり、その前日の22日は聖土曜日である。となれば観る作品は一つしかないと『聖週間』である。聖週間に『聖週間』を観るなんてカトリックの学校や教会でさえしない粋な企画である(自画自賛)。シリーズ企画としては現代から昔人と遡ることになる。当日は他に吉岡潤会員、非会員ではあるが関学大学院で西洋史を専攻する乙井美紀氏が集まった。人数が多すぎると話も弾まないので4人はころあいの人数かもしれない。4人とも学生(もしくはそれに準ずる立場?)であったので、雰囲気はいたって和やか、しかし、話の内容はアカデミックであった(ほんまかいな?)。 資料は日本公開時のパンフレット抜粋と『ヴィスワ』17号の描稿のコピーであった。観おえた後、現在のポーランドにおける反ユダヤ主義や対ユダヤ人観に話が及ぶ。カロリーナさんの「ユダヤ人と仲良くやっているので(映画の内容は)ショック」という感想が私は印象に残った。

   *次回作品は『鉄の男』『大理石の男』のいずれかの予定。開催日等については置村までお問い合わせ下さい(電話の場合、夜遅くても可)。


その4: データで見るポーランド映画産業事情





 1996年11月に神戸100年映画祭で来神した折、アンジェイ=ワイダはポーランドの映画状況として、アメリカをはじめ英語圏の映画に席巻されていると嘆き、国民映画づくりへの熱意について語つた(『ヴィスワ』16号拙稿「アンジェイ=ワイダ・トークに参加して」を参照)。一昨年、私が訪波した折に検証した(私が見た範囲内での)最新の映画事情については『ヴィスワ』紙上でも報告した(『ヴィスワ』19号拙稿「98年夏ポーランド三部作十1:その1を参照」)。しかし、共に客観的データに乏しかった。そこで、最近『キネマ旬報』紙に掲載された欧米映画のビジネスデータを少しご紹介しよう。
 ヨーロッパ各国の映画事情を分析する際に、ポーランドは「ポーランド&中欧・東欧諸国」の項目で取り上げられている。また、データは1995〜1998年のヨーロッパ7か国の映画製作本数・スクリーン数・チケット売り上げの推移が示され、その中に英仏伊独といった大国に混じってポーランドのデータも掲載されている。このような別格扱いを見るにつけ、ポーランド派の活躍で世界に名を馳せたポーランド映画の栄光が偲ばれる(過去の栄光?)。
 表1で、チケット売り上げがイギリス以外の国とポーランドで1998年が最高となつているのは『タイタニック』の世界的ヒットの影響である。表1と2でポーランドが人口で同程度のスペインよりも下回つているのはマルチコンプレックス化(シネマコンプレックスのような複数のスクリーンを有す映画館の増殖)の遅れが指摘されている。但し、市場経済の進展につれ、中東欧諸国もマルチコンプレックス化が進んでいる。ハンガリーがその代表である。 表3からは、ワイダが嘆いた4年前がポーランドの「国民映画」のどん底であったことがわかる。社会主義時代(1989年以前)のデータが手元にないので体制転換による比較ができないのが残念である。しかし、日本でも人気のあるフランス映画には及ばないがポーランド「国民映画」も復興の兆しが見える。
 最後に、同紙では中東欧諸国の映画が総じて退潮傾向にある中で、データからポーランド映画の復興と安定化を大きな特徴として結論づけている。



 参考記事=杉原賢彦「アメリカ・ヨーロッパ映画ビジネスデータ2000(ヨーロッパ映画)」『キネマ旬報』2000年4月上旬号所収

(『WISLA』第23号 2000年6月30日発行)