森木暢
▼ロシア経済危機の波紋
ポーランドの現在の貿易は、EU諸国との取り引きが主たるものとなっている。ロシアとの取り引きは、決して大きな割合ではない。率にして、全体の1割弱を占めるに過ぎない。しかしながら、輸出相手国としてみるとロシアは2番目の地位を占めており、そのお得意様と言える相手国から全く需要を見込めなくなってしまったとなると、微々たる影響で済まされるとは言い難いはずである。
現に、これ迄の取り引きの決済が滞ってもいれば、今後の注文も殆ど取れておらず、いわば取り引き停止の状態になってしまっている。何よりロシアには、支払いのための外貨がない。ポーランドの輸出業者は比較的零細な小規模業者が多いが、彼らはロシア側の業者から求められる、ガスや石炭などとの引き換えによるバーター取り引きには応じられないのが実情である。そうした資源の仕入れは、その業界の企業が既に行なっているからである。彼ら輸出業者は、現在非常に厳しい状況に立たされている。
しかも、東方市場を失うことは、ポーランド経済にとって或る重要なファクターを失うこととも取れる。経済成長とは、技術格差や価格差など、さまざまな差異を原動力として生み出されてゆくものである。西に先んじたEU諸国、東に後発の旧ソ連諸国を配し、ポーランドには成長を遂げてゆくのに非常に好都合な環境が、すぐ身近に整っていたと言うことができる。西側のみであれば、価格差によるビジネスチャンスしか期待できないが、東方市場があればこそ、 それに技術格差をプラスした、つまりは比較優位に基づいたビジネスチャンスをも期待できた訳である。ところが、今回の危機により、その大事な差異を殆ど喪失してしまった恰好である。マクロ上の数値からは読み取り難いことであるが、そのことはポーランド経済の質の変容を促すようなハプニングとも言えるのかもしれない。単に輸出力が落ちるというだけのことでなく、ポーランド経済のダイナミズムが奪われる事態であるとも、言えなくはないのである。
また、ポーランドからロシアへは食料品を中心に医薬品や電気製品、家具などが輸出されているが、それら行き場を失った製品は、今後国内の市場に捌け口を求めるものと思われる。ロシアへの輸出品とEU諸国向けの輸出品とでは、質の点で多少なりとも住み分けがな されているのが実情であり、すなわち、EU諸国では捌けないようなものが多くあるからである。それによって、今後国内の物価が下がることも考えられる。勿論、同じように行き場を失ったEUの製品が、ポーランド市場に流れ込んでくるという可能性もある。消費者にとっては喜ばしい話であるが、生産者側からすると厳しい状況と言える。成長期にありながら、いきなり世界経済のデフレの波に呑まれては、余剰を先行投資に回しながら更なる成長を遂げてゆく という図式が、尚のこと成り立たなくなってしまう。
▼予想外のズウォティ高
ところで、為替市場に目を転じてみると、ポーランド通貨のズウォティが、ロシア危機後に一時は10%程度下落したものの、その後大きく値を上げている。目下のところ、中央銀行のパリティ・レートを8%前後上回った値で推移している。一時よりもかなり戻しつつあるとは言え、株式市場の方は、危機以前の水準に比べ、まだまだ低調な値動きをしている。他の新興市場国と同様に、ポーランドの株式市場からも10億ドル程度の資本流出が起こっており、最近ポーランドの企業民営化の目玉と言えるTPSA(ポーリッシュ・テレコム)の上場などがあり活気を取り戻しつつあるが、それでも完全復活からは遠い状況である。
輸出減に株式市場からの資本逃避。そうしたマイナス要因があるにもかかわらずポーランド通貨が値を上げていることの理由としては、欧米企業などの直接投資が堅調であるという点が何よりも挙げられる。額にして、年間およそ300億ドルの流入が見込まれている。その他、中央銀行による利下げ誘導政策も影響としては小さくない。その流れの下で、短期国債の発行は海外の投資家の大きな需要喚起に結び付いている。
ズウォティ高はポーランド経済の強さの象徴、そう見なすことも確かに間違いではないだろう。しかしながら、現在のポーランドにとって、これ以上のズウォティ高があまり好ましくないことであるのも事実である。ズウォティ高は、何より輸出産業にとって不利益であり、利益の低下、ないしは競争力の低下をもたらすからである。すなわち、東方からの利益獲得の道が絶たれたばかりでなく、西側からの利益獲得の幅も小さくなってきていると言えるのである。
▼ポーランド政府の政策運営の拠り所
ポーランド政府は、今のところEU加盟のための目標数値にこそ準じて政策運営を行なっており、それが高く評価されて海外からの直接投資を呼び込み、皮肉ながら予想外のズウォティ高を招いてもいる。こうした状況は、アジアや中南米などの他の新興市場国の状況と比べれば、非常にポジティヴなものと言えよう。しかしながら、ポーランド政府の本来の理想であろう、国有企業の民営化を軸にして資本主義システムへの移行を果たしてゆくという形からは、少々遠い現実となっているとも言える。市場原理に即しての経済基盤作り、その点では、かなり成功しつつあると思われるが、国内企業の育成がままならないうちに欧米企業が着実に足場固めを行なっているという側面は、果たして政府にとって妥協できる範疇であるのか?ロシアの危機は、否応無しにその流れを主流化させる契機となってしまった、という感がある。蔵相バルセロビッチ氏は、飽くまで国有企業の民営化を推進させることを彼の政策の柱の一つとし、その姿勢を崩していないが、なかなかそちらへの海外からの資本投下は、はかどる気運とならない。
ちなみに、欧米企業の進出は、ポーランド経済にとっては利益であるに他ならない。その分、迅速に合理化が進むのであり、経済的な不利益はない。もしも不利益があるとしたら、それは政府の保有する自国企業の未上場株のその放出(上場)のプログラムに狂いが生じる点であり、つまり、政治的な不利益である。
▼今後の政策運営やいかに?
恐らく今後も、ポーランド政府がEU加盟をこそ睨んで政策運営を行なってゆくのであろうことは想像に難くないが、上述してきた点から言えば、財政赤字をいかに増やさぬようにしてゆけるか、という点が、とりわけこれからの最も重要なテーマとなるであろうと感じられる。一部の専門家からは、政府見通しのGDPの伸び率は、かなり甘い見立てではないか?といった声が上がってもいる。もしもGDPの伸び率が実際には見通しを下回るといった状況になれば、 それだけGDP比の財政赤字の割合は増すことになり、また、歳入減の分の国債発行に及べば、その幅は更に拡大することとなる。全ては、飽くまで2003年のEU加盟を前提として成立している状態であるだけに、もしもその目標数値の達成が困難ということにでもなれば、その影響はどう出るか?
当局はそのことの意味合いを十分に理解しているであろうが、そうして考えてゆくと、どうやら1999年という年は、今後のポーランド経済の成長の度合を決定付ける、重要な年になると言えそうである。いや、そればかりではなく、ここを乗り切ればますますEU加盟への道が開かれるであろうが、逆に今の政策運営が失敗すれば、飽くまでEU加盟は目指すこととしても、そのペースを緩めつつ自国企業優先型の施策に切り換えながらの達成の道に根差す可能性も無いとは言えないという点から、ポーランドという国そのものの行方を分かつ重要な年になる、そのようにも感じられるのである。
もりきとおる・作家(1998年11月20日)
【付記】
1999年・ポーランド経済、政府見通し
<大蔵省>
| GDP成長率 | 5.1%増 | ‐ |
| インフレ率 | 8.5%増 | ‐ |
| 歳入 | 1,293億zl | (GDP比21.7%) |
| 歳出 | 1,421億zl | ‐ |
| 歳出赤字 | 128億zl | (GDP比2.15%) |
| 対ドル・レート | 3.69〜3.73zl | (年平均) |
| GDP成長率 | 5.4%増 | ‐ |
| インフレ率 | 8〜8.5%増 | ‐ |
| 歳出赤字 | 130億zl | (GDP比2.2%) |