移りゆく経済環境の中で
〜今、ポーランド政府に求められるもの〜
森木暢
(COPYRIGHT 1999 by Toru Moriki)
昨年のロシアの経済危機の影響は、時を経るにつれ重みを増して
いるようである。金融市場だけをとって見ると、年明けから株式市
場も為替市場も強含みであるが、これは世界的に資金がだぶつき気
味であることからの帰結であろう。世界規模で見た場合、ポーラン
ド経済は比較的健全な部類であり、投資家たちのポートフォリオに
買いとして組み込まれることは特に不思議ではない。むしろそのよ
うにして買いが集まることに、つまり、実体経済から乖離して流動
する余剰資金に問題はあると言える。現在のポーランドは、極端に
悲観する必要性もないと言えるが、少なからず積極的に明るい先行
きを見通せる状況にはない。
▼工業製品の需要落ち込み
次第に雲行きの怪しくなっているポーランド経済であるが、その
中でもとりわけ、GDPの3割弱を占め経済成長の牽引役である工
業部門の業績が思わしくない。1994年から1997年にかけて、
平均で10.2%あった販売額の伸びが、昨年はおよそ6%まで落
ち込む見通しとなった。しかも、時間を経る毎に悪化の度合を深め
ていることが問題である。第1四半期では前年比10.9%の伸び
を示していたものの、第2四半期では6%、第3四半期では3.9
%にまで下がり、第4四半期は更に1、2%の下落の見込みとなっ
ている。如実な下落ぶりである。
唯一の明るい材料は、この部門での民営化の進展具合で、199
7年の中間期に53%の割合であったのが、昨年同期に67%まで
進んだ点であろう。しかしながら、今後も国内および国外の需要の
低迷が続くようであると、民営化によって政府の負担が減ることは
あっても、全体として明るい見通しとはならない。民営化が意味す
るのは、単に資金が集まったということだけでなく、それなりの経
営基盤整備が進められたということでもあるが、実質的に競争力を
つけてゆくのはこれからであり、企業側からすれば厳しい船出とな
ったと言える。
また、工業部門には限らないが、製造業の好不調は、それに付随
するサービス業部門の成長にも影響を及ぼしてゆく。その意味から
も、今後の需要の増減には要注意である。
▼禁じられた保護主義化
自国経済の状況が思わしくないとなれば、諸外国に対し少しでも
壁を高くして守りに入ろうとするのは、これまでの先進国とて同じ。
ECという共同体が、通貨統合を含め、更に踏み込んでEUの発足
を図ったのは、不況となると各国政府がたちまち自国優先型の政策
に切り換え、足並みが乱れ易かったからである。それでは共同体が
形骸化してしまうと、絶えずその存在意義が問われてきた訳であっ
た。
現在のポーランド政府は旧連帯系の政党が多数派であり、目下の
ような状況では、右派勢力の彼らとしては保護主義的な政策を掲げ
たいというのが本音であろうが、近い将来のEU加盟やWTO(世
界貿易機関)の加盟国としての立場もあり、開放化堅持を余儀なく
されている。尤も、いわば無骨な体育会系のAWSと冷静なインテ
リ系のUWの旧連帯陣営、AWSだけではその保証の限りではない
だろう。彼らだけでは勢い内向きな政策ばかりに走ってしまいかね
ない。一方のUWは、蔵相のバルツェロビッチ氏をはじめとして開
かれた視野を併せ持ち比較的中道的な立場であり、彼らの存在があ
ればこそ開放路線は穏当に維持されていると言ってよいだろう。
▼1999年の関税政策
ところで、WTOと言えば、最近日本でもコメの関税化の問題で
話題になったと思われるが、ポーランドも加盟国としてそれなりの
義務を負っている。上述の通り、目下のところ厳しい経済環境では
あるが、今年も政府は従来の開放路線に全体として準じている。関
税の引き下げ率は、平均で昨年の4.55%から3.78%にまで
抑えられた。
が、その内訳を見ると、政府は必ずしもその路線に一本槍に準じ
ているとは言い難いようである。最も大きな変化は、EU圏外から
の乗用車の関税で、35%から17.5%への引き下げと、実に半
減している。しかし、これは2500ccクラス以上の乗用車とい
う条件付きであり、どうやら実質的に影響の少ない部分で引き下げ
幅を大きく稼いでおこうという判断のようである。EU圏内からの
輸入に関しても、これまでは一律20%であったのが、2500c
c以上の乗用車は半分以下の7.5%まで大幅に下げているものの、
それ以下のクラスのものについては、5%の下げに留まっている。
一方、そのようにして引き下げ率を稼ぐ裏で、逆に関税率が上昇
しているものもある。ポーランド経済の中で最も立ち遅れている分
野が農業部門であることは以前に述べたが、そこにこそ保護の手は
差し伸べられている。とりわけ顕著と言えるのは、豚肉への関税で
ある。豚肉には1997年に30%の関税が課せられるようになっ
て以来、昨年は60%、今年は83.3%と、まさしくうなぎ上り
の態である。
▼農産品保護の目的
しかし、実際のところ、農産品はそれほどまでして保護しなくて
はならない品目ではないようでもある。と言うのも、ポーランドは
近年、旧共産圏の近隣諸国との間で、中央ヨーロッパ自由貿易協定
(CEFTA)なるものを結んでおり、それら協定国とは、無関税、
或いは、非常に低率の関税で農産品の輸出入を行なっているのであ
る。言うまでもなく、ポーランド農家にとって実質的な競争相手と
なるのは、それらの国々の農家である。そして、今回の関税引き上
げも、そうした協定国との間には当然ながら適用されない。
それでは、一体どうして政府は、あまり意味のないところで関税
率を故意に引き上げるのか?その真意のほどは謎であると言わざる
を得ないが、一つには、今後の駆け引き材料を失わぬためというこ
ともあるのではないだろうか?WTOとの交渉では、先ず平均値が
引き下げられていることが大前提となろうし、ポーランドのような
新興国はとりわけ工業部門の市場開放を迫られ易い。勿論、政府と
しては先ず工業部門の保護育成を図りたい。そうした中で、あの手
この手を用い、何とか開放路線に準じているよう見せかけるために
苦心している、そのようにも受け取れるのである。勿論、実際にそ
の流れの裡にあることは言うまでもないが…。
▼対内的な経済運営の方向性
さて、そのようにして保護主義への欲求と開放の義務の狭間で苦
心しながら対外的な舵とりをするポーランド政府であるが、対内的
なマクロ政策の運営内容はいかがであろう?
現在政府が最も気に懸けているポイントと言えば、日本を除いた
先進国の政府と同様、先ず財政赤字の対GDP比である。はじき出
される各統計から、AWSの7億ズウォティ分の予算積み増し提案
の断念など、政府も次第に慎重になってきていることを窺わせてい
るが、経済基盤の健全性をアピールしてゆく上で、この点について
は今後も最優先テーマとされそうである。つまり、景気に翳りが兆
し始めているとは言え、今後も大規模な財政政策措置の追加は施さ
れそうにない様子である。
では、金融政策についてはどうか?こちらについては、政府は積
極的に推し進めたいようである。殊に景気の過熱感が薄れた現在、
何よりも金利の引き下げによって企業の金利負担の軽減を図りたい
模様である。この点も以前からポーランド政府の望むところであっ
た。昨年のポーランドのトータルのインフレ率は9.2%ほどで、
政府の思惑通りの結果となったと言って良いだろう。
▼今後、政府の経済運営に求められるもの
ただ、今後の展開次第では、今の姿勢を頑なに守ることは逆の結
果をもたらすことにもなりかねない。政府の見通しでは、今年のイ
ンフレ率は8〜8.5%とされているが、その見込みからかなり落
ちるようであれば、迂闊に金融政策重視の方向に固執していてはま
ずいであろう。逆に財政出動によりGDPの成長率の下落幅を抑え
ることで、財政赤字幅の増加を食い止められるケースというのもあ
るかもしれないのである。
現在の世界経済の風潮では、上記のように、対外的な開放路線と
対内的な財政引き締め政策が、金融市場からの信任を受けるために
必要とされている。が、そうかと言って、経済運営全般として見る
と、市場からの信任を得ることが至上命題なのではない。資金が潤
沢に集まったとしても、需要がなければ意味はない。世界的に需要
の収縮する現在に在っては、とりあえず国内需要を減退させないこ
とが肝要となる。先進各国の推し進める手法に追従し、その枠内で
無難に優等生を演じていれば今後も大丈夫かと言えば、必ずしもそ
うとは言えないのである。
元々高金利であれ総需要の大きかったポーランド経済である。何
より怖いのは、日本のような超低金利でありながら総需要が伸び悩
む事態への転換である。今の日本の事態を例として取り上げるのは
いささか極端かもしれないが、どこにその分岐点が潜んでいるのか
を見極めるのは、実のところ容易ではない。そして、そうなってし
まってからでは、なかなか後の政策運営が難しくもなる。その意味
で、今後のポーランド政府には、何よりも柔軟性が求められると言
えそうである。
もりきとおる・作家(1999年1月20日)