ポーランドの農業問題
〜EU加盟に向けての課題〜
森木暢
(COPYRIGHT 1998 by Toru Moriki)
ポーランドは目下のところ2003年のEU加盟を目指しているが、
数ある問題の中でも特に問題視されているのは、農業部門の立ち後
れである。多くの農家が、今後の先行きに対して不安感、或いは危
機感を募らせているが、事態は改善される様子がない。ポーランド
農家が直面している問題は、残されたわずかな時間の中で、果たし
て解決されてゆくのであろうか?
この国に数年滞在していて気が付くのは、他の物品の価格が着実
に年々上昇してゆくのに対し、農産物の価格は殆ど変化が見られな
いということである。最近では輸入物の農産物が高値で売られてい
たりもするが、国内で生産される品の値段はそのままで、しかも実
に廉価である。消費者にとってはありがたい限りの話であるが、多
くの農家にとっては苦しい状況と言えよう。
ポーランドには1860万ヘクタールの農地があり、そのうちおよそ
8割の1460万ヘクタールが個人所有である。農家の数は200万以上に
上り、1997年の時点で、全労働人口の27%が農業従事者となってい
る。しかし、GDPに占める農業部門の割合は6%ほどで、また、
所有耕地面積5ヘクタール以下である約55%の農家が、自らの消費
分程度の生産を行なっているに過ぎないという。全体として、いか
に生産性が低いかが窺える。EUからは、全体の約15%の30万の農
家しか今後生き延びられないだろうと、厳しい見方が示されている。
ちなみに、1993年の統計との比較で見ると、上記の数値は殆ど変わ
っていない。そのことは他の産業の生産額の伸びに比べて農業の生
産額の伸びが、決して劣っていないということを意味することにも
なろう。一般家庭のエンゲル係数がそれほど落ちていない点や、食
品加工産業の成長などを見れば、需要が順調に伸びていることは確
かのようであるが、そうした中で価格に殆ど変化が見られないとい
うのは、それはそれだけ生産性が増し、全体の供給量が増加したと
いうことになるはずである。しかし、EU側からすると、その程度
の向上では話にならない、という訳である。
ポーランド農家の生産性の低さが大きく改善されないことの理由
には、農業生産の機械化が進まないことが何より挙げられる。機械
化が行われなければ、規模の経済の原理も働かず、大幅な生産性の
向上など望みようがない。その背景には、金融機関が農業部門への
貸し付けを行なおうとしない、という事情がある。つまり、生産性
を上げるべく動きたいという気持ちがあろうとも、農家にとっては
それを実行するだけの手立てがないのである。それでは、政府が何
らかの援助措置を施せばいいではないか、という話になるが、ポー
ランド政府にとっても他の産業が十分に成長してからでなくては、
農業部門を競争的にできないという事情があるのである。農業部門
を合理化し農家の淘汰を行なえば、それだけ余剰の労働力が発生す
ることになるが、十分な受け皿がない時点でそれを行なえば、結果
としては失業率を更に高めることにしかならないからである。その
ことは失業保険の支出増加に繋がり、財政収支の改善が滞ることに
も繋がってしまう。失業率が高まることによる社会不安の増大が、
経済全体に悪影響を与えるという危惧もある。何しろ全体の4分の
1の労働人口を抱える部門である。下手にいじることができないの
は、当然と言える。
ところで、筆者の住むサンドミエシュという街には、農作物の大
きなマーケットがあるが、そこの様子を眺め、いつも疑問に感じる
ことがあった。何十台となくひしめき合うトラックのそのナンバー
を見ていると、思いの外ウクライナ・ナンバーが多いのである。正
確な数は判らないが、ウクライナからの業者はとても少数派とは言
えない多さである。--決して輸入に頼らなければならないような状
況にあるとは思われないポーランドが、どうしてこの上ウクライナ
から輸入する必要があるのか?--将来の加盟のため、EUからの輸
入の規制を緩めてゆく、そのことは納得がゆく。ポーランドの農作
物に比べかなり割高であるから、壁を取り払っても価格の面で規制
力が働く。しかし、ウクライナとなると、今度は逆にかなり競争的
な相手となる。政府がどの程度の関税規制を敷いているかが判らな
いが、流入してくる実態からすれば、ウクライナ側にとっては十分
ペイできる範囲のはずである。
この点については、ウクライナに対する経済的な支援のための措
置と捉えることが可能であろう。ポーランドにいてとても強く感じ
るのは、互いに隣国でありながら、旧ソビエト連邦のベラルーシは
ロシア寄りで、ウクライナはポーランド寄りであるということであ
る。昨年ポーランドはNATOへの加盟を果たしたが、NATOの
拡大に伴って、その枠に組み入れられないバルト3国やウクライナ
は、取り残されることの不安を訴えていた。その不安を解消するた
めに、ポーランド政府は何度となく要人を派遣した。そうした状況
からすれば、ポーランド政府が、決して見放すことはないというこ
との証しとして、そのような措置を執っているのだと考えることは
おかしくはないだろう。つまり、やむを得ずウクライナからの農作
物の流入を許可している、と捉えることは…。しかしながら、その
ことが尚のことポーランド国内で生産される農産品の価格上昇を妨
げる要因となっていることも事実であろう。ポーランド農家にとっ
ては、できる範囲で生産量を増やしても一向に余力は蓄えられず、
それだけ先行投資の実現が遠のいているとも言える。
ところで、2003年にEUへの加入を果たしたところで、そもそも
ポーランドの農作物は価格が安いのであるから、生産性が低くとも
大した問題はないのではないか?という疑問が生ずると思われるが、
話はそう簡単ではないのである。普通に考えたなら、むしろ西側の
国々の方がポーランド産の農作物の流入を脅威に感じるだろうと思
うはずである。ところが、EUというのは、そもそも自由貿易圏の
拡大を信条とした構想なのではなく、飽くまでブロック経済化の動
きなのであり、その加入にあたっては、非常に多くの条件が求めら
れるのである。それは農業部門とて例外ではなく、当然生産性につ
いても問われることとなり、畜産で言えば飼料の種類の厳しい規制
なども受けることとなる。現段階ではポーランドの農家のその殆ど
はEUの規準を満たしておらず、先に示したEUの、15%ほどの農
家しか生き延びられないという見通しは、その程度の農家しか市場
への出荷を認められない、という意味合いの言葉であるに他ならな
い。そして、そのことが意味するのは、ポーランドが2003年のEU
加盟を実際に果たすのだとすれば、少なからずその時点以降にはポー
ランド農家の本格的な淘汰が始まる、ということである。
目下のところ、ポーランド政府は、スペインやポルトガルの農業
事情に比べてポーランドの農業事情は決して劣ってはいない、とい
ったような発言を行なっている。そうであるから、それほど心配す
ることもない、といったような楽観的な発言を…。しかし、それは
実のところ詭弁でしかないようにも思われる。政府としては、EU
を楯にして農業部門の改革が行われる恰好にしたい、それが本音な
のではないだろうか?そして、そうして考えると、逆に楯として扱
われるEUの将来にも疑問が生じるのでもある。勿論、2003年の時
点でEU側がポーランドの受け容れを了承するかは判らない。とに
かくこの問題を巡って顕著になるのは、あまりにEU加盟を至上命
題とし過ぎるポーランド政府のその姿勢である。
もりきとおる・作家(1998年10月31日)