渡辺克義
最近,上掲の一冊が刊行されました。『まっかなホント』シリーズは全24冊から成っており,『ポーランド人の ・・・』はその第18巻に当たっています。同書は主に国民性について論じていますが,この種のステレオタイプを示す試みが非常に危険であることはいまさら私などが指摘するまでもないでしょう。
ところで, 翻訳を読んで分からなかったら誤訳と疑えとはよく言われます。上記訳書を読むと何が言いたいのかよく分からない箇所が多数ありましたので,
原書 (Ewa Lipniacka, The Xenophobe's Guide to the
Poles, Oval Books:London,
2000 (new edition)) を取り寄せ, 検討してみることにしました。訳書は1997年版に基づいていますので, 厳密な比較ができない箇所があります。 ともあれ, 言葉の話題を中心に書評を著すことにします。尚,
訳者がポーランドに関して“素人”であることは自明ですので,カナ表記の不適切なものについてまで粗探しすることは避けます。
著者がどういう人物であるかは重要な点ですので, 最初に少し説明しておきましょう。「あとがき」によると、両親は共にポーランド人のようですが,幼少の時から英国で過ごしているようで,ポーランドと直に接するようになったのは十代終わりとのこと(現在の年齢は60歳前後と推定されます)。 その後も度々ポーランドを訪れているようです。 職業は司書で, 在英ポーランド社会との間に強いパイプがあることをにおわせています。
外からポーランドとポーランド人を眺めることができる立場にあるわけですが,それでもこの人にポーランド人の国民性を論じる資格があるか, 疑問の余地なしとはいえないでしょう。
訳書6頁に,「チェコ人のことは“ペピチュク”(sic!) と呼び ・・・」とあります。
Pepiczki
はチェコ人にたいする蔑称です。私が所持している原書新版には,チェコ人がポーランド人以上に指小形を好んで用いる様を疑似音を用いて表現したもの,という説明が付されています
(p. 8)。
参考までに,ポーランド人が時に外国人にたいして用いる蔑称をいくつか挙げておきましょう
(いずれも男性の複数主格)。アメリカ人 − Jankesi [Yankees が語源]; フランス人−Żabojady [「カエル喰い」 の意]; ドイツ人 − Szwaby, Szkopy [後者は特にナチスについて用いることが多いようです]; イタリア人 − Makaroniarze [「マカロニ野郎」の意]; イギリス人 − Angole; ロシア人 − Kacapy, Moskale; 日本人 − Japońcy
[ロシア語の借用], 中国人 − Kitajcy [同じくロシア語の借用].
訳書7頁には,「カーター大統領は『ポーランド人に性的欲求を覚える』と口走ったが,なにもこれは彼が精力絶倫なせいではなく,通訳の能力不足のせいだ」とあります。これは,1977年12月29日にワルシャワでの米国大統領歓迎式で通訳者スティーヴン・セイモア(Steven Seymour) が犯した誤訳のことを指しています。 カーター大統領が your desires for
the future と言ったのを pożądania と訳してしまったというエピソードに触れたものです。pożądanie には (1) 貪欲, (2) 性的欲望の2つの意味がありますが,複数で用いるとほぼ (2) の意味に限定されてしまうのです。そもそも通訳者がこの語を用いたことが不用意でした。
上と同じページには,「ポーランドがどこにあるのか知らない人がたくさんいてもしかたがない。オランダ(ホーランド)と混同している人もいる」とあります。カッコの部分は訳者の判断ですが,これを追加するなら「ホランド」とすべきだったでしょう。
確かにポーランド人はよく国外でオランダ人と間違われるということを言います。彼らが英語で
“I'm from
Poland." と言っても誤解されてしまうのはなぜでしょうか。
Poland[ポゥランド] と Holland ハランド/ホランド] では大分響きが異なりますが, ポーランド人の多くが 自国のことを [ポランド] (または [ポラント]) と発音しているのが原因と思われます。ポーランド語には [オゥ] という二重母音がありませんので, [オ] で代用してしまうのです。こうなると Poland と Holland の発音の違いは先頭の子音1つだけの違いとなってしまい,しかも Holland の方が知名度が高いということで誤解されてしまうのでしょう。では, 日本ではどうか。 これはもう私などが説明するまでもないことですが,
ポルトガルとの混同がしょっちゅうです。 日本史でポルトガルがなじみ深いことが関係しているのでしょう。
訳書10頁には,「優秀なポーランド人コックとは,錆びた釘からでも食通をうならせるスープを創り出すことのできる人をいう」とあります。これは一種の慣用表現なのでしょうか,それとも著者独自の表現なのでしょうか。
残念ながら, 筆者はこの表現の出典を特定することができませんでした。読者の中でご存じの方がいらっしゃいましたらご一報ください。
この同じページに、「愛情いっぱいの『藁を噛んでいる田舎者』ジョークのネタにされ,ポーランド人から愛されている少数民族の筆頭が,ポーランド南部とスロヴァキア北部にまたがるタトラ山地に住むゴーラル人
(sic!) だ」とあります。何がいいたいのかよく分からないところなので原書新版で該等箇所を探すと,次のようになっていました。“The regional
minority held dear by all Poles, and butt of affectionate ‘straw-chewing yokel’ jokes, are the Górale, the inhabitants
of the mountain
regions." (p. 11) 原文を参照しても私には著者の意図が不明です。 「藁を噛んでいる田舎者」に何か特別な意味があるのでしょうか。 どなたかご教授ください。
ポーランド人の歓待好きは有名です。 これに関連して訳書17頁では,「客来たりなば,神また来る」と「借金してでも,客をもてなせ」 という表現が紹介されています。 さらに, 前者をパロった「客来たりなば,女房孕む」と「客来りなば,いいことなし」が紹介されています。以上がポーランド語でどう言うのか原書でも示されていません。
最後のひとつについては特定できませんでしたが (Gość w dom, nic dobrego. か?), その他のポーランド語は順にこうです。 Gość w dom, Bóg w dom. Zastaw się , a
postaw się . Gość w dom, żona w
ciąży. この最後のポーランド語は,
韻律に関してもいまひとつで, ポーランド人のパロディにしてはあまりいい出来ではありません。 戒厳令下の物不足の時にはやった, Gość w dom, cukier do
szafy. (客来たりなば,砂糖はタンスへ)も内容のおもしろさの割りには語呂がそれほどよくありません。
言葉遊びで思い出すのが,ポーランド航空 (LOT) が事故を起こす度に言われるブラック・パロディの, Lataj LOT-em,
pogrzeb potem! (飛ぼう LOT で, 葬式その後で!)です。 これは典型的ポーランド・ユーモアです。自分を笑うのも彼らの十八番です。
訳書19頁には,「『可愛い魚ちゃん』とか『小さなカエルさん』(中略) とか呼ばれても,食べられるのではないかと心配する必要はない。みな親愛の情を表す呼びかけなのだ」とあります。確かに
rybka とか żabka にはそのような使い方がありますが(ほかには serduszko<serce,
słoneczko<słońce,
kwiatuszek<kwiat などがあります), これらは相当に親しい間柄でなければ使うべきでないことは知っておいてもいいでしょう。やたらに
Kochanie!
を使って話しかける男性がいますが, こう呼びかけられるのを嫌う女性も少なくないのです。
「親族の集いで同性から『元気そうね』といわれたら,『太ったわね』の意味だから体重を計ってみること。逆に『元気がないみたい』は『痩せたわね』を意味するが,母親からいわれたのでなければ,胴回りの太い人の嫉妬心から発せられた言葉だ」(訳書21頁)とあります。これは私がネイティヴ・スピーカーに直接確認したところでは概ね事実と考えてよさそうです。ちなみに上記の台詞のポーランド語は大体次のようになるでしょう。
Dobrze wyglą- dasz! Przytyłaś!
Zmizerniałaś ! Schudłaś!
著者はさらに,「ポーランドの母親が『うちの子は問題児でね』といったところで、可愛いトメク君が学校に放火し,五つの郡の警察から追われているわけではなく、ただ夕食を食べなかったというにすぎない」(訳書21−22頁) と記しています。 この部分が言わんとすることは, ポーランド女性が誇張した表現を好む,あるいはしばしば反対の表現をするということなのでしょうが,はたしてこれはポーランド的特徴といえるでしょうか。
ところで,上の場合の「うちの子は問題児でね」はポーランド語でどうなるでしょうか。文字通りの
“Nasz syn
sprawia problemy." だと, 状況にもよりますが, 否定的内容を連想してしまうことが考えられます。一方,Mamy w domu łobuziaka. だと話者が期待した通りの内容が伝わるでしょう。
「都会でも子供を一人で外出されられるほど安全だ。幼児殺人,誘拐など聞いたこともない。(中略)ジャングルジムは絨毯の埃を叩くときにも使われ無駄がない。(中略)子供に危険なものはないか,親たちはバルコニーで監視の目を光らせている」(訳書22−23頁) の箇所が原書新版では完全にカットされています。現状に合わない情報を含んでいるので,訳書でも削除して構わなかったと思います。現在のポーランドの治安が良好な訳はありませんし,日本でいうジャングルジムも普通公園で目にしません。尚,絨毯の埃を叩くときに用いる衣桁は
trzepak
と言います。
訳書23頁には,「アパートが狭いほどペットの犬は大きいという傾向にあるようだ。クラクフだけは例外で,市民はミニチュア犬で我慢しているが,これは彼らが伝説になるほどケチだから」とあります。ワルシャワ
vs. クラクフの対立の構図は,日本の東京と大阪の関係に比することができるかもしれません。しかし,クラクフの人がケチで知られるということはないでしょう。「ケチ」でまずポーランド人が連想するのは −事実であるか否かはともかくとして− ユダヤ人とスコットランド人です。skąpy
jak Żyd や skąpy jak Szkot という言い方があります。
「ポーランドは動物王国だ。野牛やイノシシなど野生動物はたくさんいるが,狩りに出かけるポーランド人が手にしているのは,銃ならぬカメラだけだ」(訳書23頁) の内容には小首をかしげたくなります。「日本人ならまだしも ・・・」と言いたくもなります。原書新版ではこの部分がまったく別の文章になっています。ポーランド東部には原生林が残り,希少種が生息していること,世界の四分の一のコウノトリがポーランドに巣を持っていること,が記されています
(p. 19)。
「いまや万国共通の若者の制服であるジーンズ姿の覇気のない若者たちは,横に腕を伸ばし『なんかカッタルクってさあ』と奇妙な握手をするが,真面目くさった男の子同士がこれをやると、さながら黒手組(犯罪秘密組織)の入団式に見える」(訳書27頁) の原文(ただし新版) は, “Lounging teenagers have a strange, sideways,
arm-outstretched,‘I'm being
very laid back here, you understand’ handshake. Solemn small boys make it look like the initiation rite
to the Black-Hand Gang." (p. 21) です。訳文は原文の内容をほぼ正しく伝えていると考えられますが,これもいまひとつ判然としません。そもそもこれがポーランド的姿でしょうか。ともあれ,これについても読者の方でご存じの方がおられましたらご教授ください。
今回,拙文の筆者は相当に苦しみました。とにかくこの本には何が言いたいのか分からない箇所が多いのです。次回は後半部(第6−11章)について検討してみます。(続く)
(日ポ協会関西センター『WISLA』第24号 2000年12月発行)
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