映画『エニグマ』とポーランド
解良澄雄
エニグマとは戦間期から第二次大戦中まで使われたドイツの無線通信用の暗号化装置の名前である。今回日本公開の『エニグマ』(2001英)は、このエニグマの解読に従事したブレッチリー・パーク(イギリス)にあった暗号解読センターを舞台とするサスペンス映画である。しかし映画『エニグマ』のもう一つのモチーフとなっているのは、1940年春スターリンの命令でソ連内務人民委員部によってポーランド人将校ら約4000人がスモレンスク近郊で殺害された「カティンの森事件」である。基本的に娯楽作品であるこの映画は、カティンの森事件をあくまでも話の伏線として利用するに過ぎないが、原作者ロバート・ハリーは、真実を知りながら「カティンの森事件=ナチスの犯罪」というソ連の主張を支持し続けたイギリスの偽善性を明るみに出したかったという(『ジェチポスポリタ』紙(2002年1月18日)でのインタビュー)。ところが、この映画、ソ連弁護論を展開しているわけでもないのに、ポーランド関係者の間での評判ははなはだ悪い。2001年9月にイギリスで公開されるとともに、ノーマン・デーヴィス(ポーランド人になりきっていると自認するイギリス人ポーランド史家)、ヤン・チェハノフスキ(イギリス在住のポーランド人ポーランド史家)、ヤン・ノヴァク=イェジョランスキ(かつて西側で活躍したポーランド人ジャーナリスト)など著名な知識人が抗議の声を上げ、また在英ポーランド大使館も抗議するまでに至った。2002年5月から6月にかけてはアメリカでの公開に関連してアメリカ・ポーランド人会議や在米ポーランド大使館も抗議を行った。
それでは一体この映画の何が不適当だというのであろうか。カティンの森事件の描き方に問題があるのではない。問題の第一は、エニグマに関するポーランドの貢献が描かれていない、ということである。ドイツが1920年代後半に軍の無線通信に採用したエニグマは、イギリスでは1939年まで解読不可能と考えられていた。しかし、実はこの時期エニグマ解読技術を持つ国が一つだけあった。それがポーランドである。すでに1933年ポーランド軍の暗号局で働く若手数学者たちはこのエニグマの解読に成功し、その精巧な模倣機を作り上げていたのである。そして1939年7月、高まる一方のナチス・ドイツと緊張に際して、ポーランド側は英仏との軍事協力の発展を期待し、このエニグマ模倣機(並びに暗号解読システム「ボンビ」)を無償で英仏の軍諜報機関に贈呈したのであった。このポーランド側の寄与があったからこそイギリスはブレッチリー・パークでの暗号解読を発展させることができたのであり、ひいては第二次大戦の数々の局面でのイギリスの勝利があったのである。それなのに映画『エニグマ』はこのようなポーランドの寄与をほとんどゼロにしか描いていない、というのである。第二の問題は、劇中ブレッチリー・パークで働くポーランド人、パックことプコフスキの存在である。史実に照らしてみれば、ブレッチリー・パークで働く暗号解読者のポーランド人がナチスに内通するということはなかった(そもそもそこではポーランド人は一人も働いていなかった)。ところが劇中のプコフスキは、カティンの森事件の真実を知りながらそれを隠してソ連との同盟を維持する英米政府の態度に憤り、結局はナチスに内通することになる。史実に反してポーランド人に裏切り者の役割をあてがっている。こうしてこの映画は「ポーランド人にしかるべき敬意を表する代わりにポーランド人を中傷している」(『ジェチポスポリタ』紙(2001年9月29日)でのチェハノフスキの言)というのである。
これら2点のポーランド側の主張は果たして妥当であろうか。まず第一の点について言えば、映画の開始後約10分に、イギリス軍当局者がエニグマ模倣機がポーランドからもたらされたものであることを述べるシーンがある。このシーンが観客の印象に残るかどうかは別として、少なくても映画はポーランドの貢献という事実を捻じ曲げたり、否定したりしてはいないのである。いうなれば、ポーランド側の不満は、ポーランド人が誇り慣れ親しんできたエニグマの物語とは別な物語を映画が作り上げてしまった、そこにはポーランド人が好んで見たいと思うシーンがなかった、ということにすぎない。第二の点、果たしてプコフスキの登場でポーランド人が中傷されているのか?劇中のプコフスキは登場場面はそれほど多くなく、人物像としてそれほど明確に描かれているわけではないが、筆者の見た限りでは特にネガティヴな人間として描かれているとは思われない。彼は確かに裏切り者ではあるが、卑劣さや陰険さ、または欲得ゆえに裏切るのではなく、同胞の虐殺が沈黙されることに抗議して裏切るのである。そしてこの映画において、「裏切り」は物語の展開に必要なエピソードではあっても、それ自体に特にネガティヴな属性を与えられてはいないのである。筆者の考えではそこにポーランド人に対する民族的中傷を見出すのは困難なように思われる(世界にはこの映画よりももっと問題にすべき民族的ステレオタイプにもとづいた映画が少なからず流通している)。すなわち、映画に対するポーランド側の批判は2つの論点とも、それ自体としては的外れである、と言わざるを得ない。
しかしその一方でこのような批判が出てくるのは大いに理由があることなのである。1939年の第二次大戦開戦以来、ポーランドは西側に見捨てられ続けた。ナチスのポーランド侵攻に際して、英仏は対独宣戦布告をしたものの積極的に攻撃に打って出ることなく防御姿勢に終始し、結果としてポーランドが蹂躙されるのを放置することになった。1941年以降、ヤルタ協定、そして戦後に至るまで、英米はポーランドに犠牲を強いながら対ソ関係を維持した。このようにともすれば西側から冷遇されることさえあったにもかかわらず、ポーランドは常に西側の忠実な(即ち「裏切る」ことのない)同盟者であった。西側同盟国の軍隊の下で戦ったポーランド人兵士も多く(1945年時点でおよそ20万人)、そのうち戦死者・行方不明者合計約8800人、負傷者は約2万人に達した。ところがその後西側において第二次大戦中のポーランドの貢献は正当に評価されてこなかった。イギリスやアメリカの旗の下で戦ったポーランド人部隊の活躍は、イギリス軍、アメリカ軍の活躍の中に埋没させられた。またエニグマについて言えば、第二次大戦中のブレッチリー・パークにおける暗号解読の事実さえ70年代まで秘密とされていたのであるから、そこで使われたエニグマ解読技術にポーランド側の貢献があったことについてはなおさら語られてこなかった。このような「報われない貢献」という背景があるので、「貢献」の対極に位置する「裏切り」にはコンテクストに関係なく敏感になり、「またもやポーランド側の貢献は正当に評価されなかったばかりか、裏切り者の役とは何事だ」という反応になるのである。結論的に言えば、ポーランド側の批判はむしろ西側社会に向けられるべきものである、と言えよう(もしポーランド側の貢献が西側でこれまで正当に評価されてきたならば、映画『エニグマ』に対するポーランド側の反応も違ったものになったのではないだろうか)。
ただ、映画『エニグマ』それ自体にも問題がないとは言えない。筆者が問題と考えるのは、この映画における史実とフィクションの関係である。確かに、サスペンス映画である本作に史実に忠実であることを求めるのは酷であろう。しかし本作はあまりに巧みに史実を織り込みすぎており、観客にとってどこまでが史実でどこからが創作なのか区別が困難になっている。その点では、ブレッチリー・パークのポーランド人がナチスに内通するという事実はなかった、そもそもそこではポーランド人は一人も働いていなかったということを強調するポーランド側の批判は正しい。フィクション性がすぐにわかる喜劇ではない以上、また史実が単なる背景に過ぎず、フィクションが史実と直接交錯しない人間ドラマでもない以上、「プコフスキは実在の人物ではなく、史実では、第二次大戦中ブレッチリー・パークではポーランド人は一人も働いていなかった」というテロップを最後に入れるべきであったろう。

(日ポ協会関西センター『WISLA』第30号 2003年9月31日発行)