日本・ポ−ランド 親善・友好

現代陶芸 市瀬貞人展

 

陶芸作品展示

2002年秋に、ポーランドにて次の三会場で、『国際芸術文化交流 日本・ポ−ランド 親善・友好【現代陶芸 市瀬貞人展】』を開催いたしました。

 

5年前、私の作品の愛好者である東京大学名誉教授、現学習院女子大学教授 脇田 宏先生ご夫妻と、ワルシャワ大学教授 岡崎恒夫先生を通じて、クラクフ国立博物館より国際芸術文化交流と両国との親善のために、陶芸展の要請をいただきました。

2001年には、妻と打ち合わせのため現地へ向かいました。その後、実行委員会、幾多の後援会の発足、企業への援助要請、また国際文化交流基金申請のため何回も外務省へ足を運びました。多くの方々のご支援、ご協力をいただき、ポーランドでの陶芸展が現実のものとなりました。

2002年、作品大小50点を航空便で送り出し、私共は9月27日早朝家を出発。日本の裏側ポーランド、クラクフのホテルに期待と不安で到着したのは、夜の10時頃(日本時間 翌朝6時)で、24時間と少しかかりました。翌日、クラクフ国立博物館の皆さんと元気に再会。Manggha (マンガ館)は、浮世絵などの日本伝統文化を常設展示している美術館であり、その中央約80坪に私の作品を展観しました。

早速、準備に取りかかりましたが、展示台や展示方法について館長と違い、私の納得いく展示にはなりそうになくここまで来て悔いは残したくないと、急遽、展示台を造ることにしました。材料を買うために館の通訳とホームセンターへ行って驚きました。日本のホームセンターの倍の広さ。しかし、大きな板を探したが日本でいうベニヤ板は一枚もありません。やっとのことで、幅60センチ、長さ5メートルの両面真白の板を見つけ、館の職員とバイトの手を借りて、大小20個の展示台を造ることができました。結果、日本風の展示ができ、私だけでなく館長を始め館の方々も納得されました。もちろん、会期中も内容共々大変好評でした。

また、展示会場の壁面には長野県観光課より送って頂いたポスターを持参し【槍、穂高、鬼無里、戸隠、木曽妻籠、上高地、高遠、飯田市、(名所)伊那谷道中】額入りにして、長野県を紹介することができました。


会 場 風 景

 

2002.10.3  オープン前日、展示が完成したばかりの会場に、館長の特別案内で世界的映画監督アンジェイ・ワイダ御夫妻が内覧され、何点かの作品を手に取り、カメラやビデオ撮影を指示されて、「今まで観たことがない陶芸」と強い感心を示されました。

 


アンジェイ・ワイダ映画監督()と通訳(中央) 作品の説明

 

 

クラクフ展

クラクフで陶芸展を開催したのは、芸術の都の木々が黄金色に染まり始める良い季節から、落ち葉となり一面を敷き詰め、霧雨の降る一日中気温2の寒い季節まででした。

2002.10.4  オープニングには約130人集まりました。中には現地の報道関係の方々、また、日本から信濃毎日新聞社の特別取材もありました。初めに館長より、「陶芸を今日まで絵画や彫刻より低く見られがちですが市瀬作品を見て考えが変わった」と挨拶がありました。私も皆さんへ挨拶後、スライドを使って私の作品がこの様な環境(長野県飯田市)で生まれたことなどを講演。制作の苦楽、信州の風土、日本美術の底に流れる自然観などを話しました。講演後の質問には、一斉に手が上がり、窯焼の時間、作品の色・珍しい肌 (マチェールについて) はどうしたら出来るのかなどという技術的な質問から、何を感じてこの作品を造ったか、弟子は取るのかという質問まで圧倒されるほどの勢いで、皆さんの真剣さと熱意を感じ私も一生懸命応えました。

 


オープニング 作家挨拶 (館長 左)

 

 


オープニング 文化講演

 

美術館は月曜日休み、日曜日は入場無料であるため来場者が多かった。花の取り替えや作品の説明のために会場に毎日通っていましたが、特別に館へ大学教授や美術学校の先生の団体など、作品の説明の依頼があり出向くこともありました。その他にも私の作品を見た多くの方々から文化交流の依頼がありました。

造形美術学校の生徒は、オープニングに来て講演を聞き、是非学校へ来てほしいということで訪問しました。校長を始め出迎えていただき、校内の見学【陶芸科・織物科・彫刻科】と生徒との交流ができました。

プロの陶芸家グループからも依頼があり、通訳と車を用意して小雨の中、首都ワルシャワに向けて出発しました。途中、窓越しに見える景色は平坦で、農地 林と交互に続いていました。『林には神が宿る』と大切にしているとのこと。その後、リンゴ畑が多くなり6時間程で到着しました。老若男女の陶芸家35人の出迎えを受けて、スライドと講演後は陶芸について意見交換をしました。さすが専門家 企業秘密のところまでドンドン攻めてきました。皆さんの真剣さで夜遅くまで続き、次の日は技術交換をしました。ロクロの実演、釉薬、窯について、薪窯を共同で造って研究している写真も拝見しました。

日本の禅をアメリカで5年間も修業勉強したという、全然日本語のわからない方が突然般若心経を大声で唱え始めた。驚きと感動であったが私と妻も合唱しました。ポーランドの方々は親日的で、日本に何かを求めているのが強く伝わってきました。帰りは強い雨になり7時間かけてホテルに帰着。フロントでファックスを受け取ると、日本から母の死の知らせでした。ワルシャワで般若心経を合唱したのと同時刻頃、何とも不思議でした。

長期滞在の中で、世界遺産を見に行くこともできました。

クラクフ最大の川であるヴィスワ川の辺にManggha (マンガ館)があり、その対岸に13〜16世紀頃建造、世界遺産の旧市街とヴァヴェル城が聳えています。城の中は武器、生活用品、絵画、彫刻など、中国の色絵の花器、最終展示室には日本から輸入された伊万里の色絵磁器が20数点あり、妻共々感嘆し何か幸せを感じました。ヴァヴェル城から見える景観は見事なものでした。

ヴァヴェル城、旧市街、街並みは四階建てが多く、壁が厚くしっかりとしたレンガでできていました。点在する農家もレンガで出来ています。この昔からのレンガの供給工場を訪ねました。大きな工場はクラクフ郊外に位置して、広大な土地に3階建ての工場であり、大小多種類のレンガの焼き上げまでが合理化されていました。社長の案内と説明を受けて納得しました。

岩塩採掘場ヴィエリチカは、地下100数十メートルをひたすら階段を降り、途中あちこちの横穴に岩塩の立体彫刻、ここは地下なのかと思う広場が幾つもあり絵画などの展示室など、1000年以上の歴史の採掘の様子が展示され、周りは不透明の岩塩の洞窟でした。

アウシュヴィッツ強制収容所はバスで行きました。5年間で150万人殺害されたナチス・ドイツの強制収容所です。人は誰しも過ちを犯すことがあるが、指導者次第で幸か不幸にも分かれ、戦争はとんでない方向に進んでしまう怖さと残酷さ、人の命の尊さを感じました。

その他に、スロバキヤ国境近く、日本人が経営するAKIKOペンションへ行ってきました。途中は広々とした農場に農家が点在するヨーロッパ風景を楽しみ、国境近くの山脈(ポーランドの南端)、ARIAKE(日本の地名「有明」とつける)、ハルクローバ村より3km山奥急な坂道を標高780mまでジープで登り、紅葉を眺め日本を思い出しました。大きなログハウスには室内流水プール、ジャグジ、サウナ、卓球、陶芸、茶室などの設備があり、夜遅くまで話ができました。次の日は古城、古い木造の教会、農家、ダムなど案内をしていただきました。

アンジェイ・ワイダ監督からぜひ見る様にと勧められ、旧市街からはずれた一角のカジミェ−ル地区にある民族資料館、ポーランド最古のユダヤ教会(ユダヤ博物館)など見学しました。その他に、クラクフの美術館、考古博物館、民族資料館、教会、墓地など、芸術の都、文化、風土、風族を見聞きすることができ、当国を感じることができました。

       ワルシャワ展

2002.11.6  ワルシャワへ移動。前年4月、打ち合わせに行った時よりも、かなり交通量が多くなり、また、携帯電話が普及していました。

駐ポ日本国大使館広報文化センター、国立ワルシャワ大学図書館展示室と二ヶ所に作品を分けて展示しました。会場作りは、場所が離れていたことと雰囲気が違うということで大変苦労しました。陳列は日本風にこだわって、展示台をクラクフよりトラックで輸送、終わってクラクフへまた戻しManggha(マンガ館)へ寄贈しました。

2002.11.12  国立ワルシャワ大学図書館展示室には、教授、学生、一般の方が多数オープニングに訪れました。ワルシャワ大学の中には陶芸科もあり、ここでも多くの方々の質問が集中して真剣なものでした。テレビの撮影もありました。

 


ワルシャワ大学図書館 オープニング

 

2002.11.15  駐ポ日本国大使館広報文化センターでは、最終日にレセプションを開催していただきました。多くの方々がお集まり下さり、矢継ぎ早の質問の多さに大変驚きました。会期中、日本国大使館広報文化センターの会場の奥には、18〜19世紀頃日本より輸入された色絵磁器が主に伝統美術品が多数陳列されていました。通常はワルシャワ国立博物館に展示されているものです。伝統美術と現代陶芸が一堂に観覧ができ、作品について、また、時代の違いなど話題が集中しました。

 


日本国大使館広報文化センター レセプション

当初の予定と国の休日と重なり、会期が変更になったため短期間の開催となりましたが、ワルシャワの多くの方々に観覧して頂くことが出来ました

ワルシャワ国立博物館、美術館、民族資料館、ショパン博物館、復元された旧市街、教会、墓地、超大型スーパーなど、言葉が通じず苦労しましたが、時間が許す限りトラム(路面電車)、バス、徒歩でワルシャワの文化・風土・風族を見聞きすることができました。

 

 最後に

海外での陶芸展は輸送費が大変高額になり一時断念することも考えました。しかし、ポーランドに駐在員のいる輸送会社の紹介があり、費用を抑えるために多くの方々からいろいろなアドバイスをしていただきました。私自身で大小50点の作品を入れる木箱を一点一点手造りし、さらにそれらを入れる外箱(80センチ角)10個を造り、合計500kgになる荷作りを何回も荷解きすることで、無事作品を輸送することができました。そして展示後は、展示全作品が無事日本へ戻ってまいりました。

国からの国際文化交流基金が認められて援助をいただきました。この不況の折、多くの企業へ援助申請をしましたが、トヨタ自動車と野村国際文化財団より資金援助をいただきました。また、実行委員会、後援会からの援助など、多くの方々のご支援、ご援助をいただき、三会場共、好評で盛況のうちに終えることができました。皆様に大変感謝いたしております。

微力ながら芸術文化交流・親善が出来たと思います。一人でも多くの方々が国際文化交流を経験されますよう願っております。

2003.7.15 

 

【参 考】

 「TOP PAGE「最近の話題」内、2002年「日本・ポーランド親善・友好 現代陶芸 市瀬貞人展」もご覧ください。

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http://www.e.okayama-u.ac.jp/~taguchi/wadai/ichin.htm

 

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