ロシアの石油・ガスがEU、近隣諸国与える今後の影響
長谷川二郎
今回のロシアによるEU連合諸国向けベラルーシ経由原油の供給停止は3日間で解消されたが、これで問題が解決した訳ではない。問題の小休止であり、今後、この様な供給停止が起こらない保障は何もない。これに纏わる問題は、昨年の天然ガス供給停止に似た要素を抱えており、ロシアがシベリアに豊富に埋蔵されている石油やガスを単なる貿易上の取引とはせず(政経分離の姿勢を示すことなく)、21世紀になった今日に於いても、ロシア政府や国民が、既に昔程の大国ではなくなっていることを理解出来ず、大国であった自国(旧ロシア帝国、旧ソヴィエト連邦)の歴史への憧れを抱き続けて、石油・ガスのヨーロッパ向け輸出を”家宝”として、外交問題で利用している限り、問題の解決の目途は見られない。国際貿易の基本である契約上の数量の供給義務を平然と破っても、これは商売上の駆け引きであるとして、如何にもロシア人が「スーパー商人」であるかの様な顔をしているが、これは「騙し商人」である。それも、一般の一貿易商社(給油会社)が契約条件を守らないのと言うのではなく、国家を上げて、国力の政治として度々繰り返して行っている。昨年末、ロシアとEU連合との通商貿易正常化に関する国際会議が、ポーランド国の会議開催拒否権の使行で会議が流れた際、プーチン大統領が、”ヨーロッパ諸国が親ロシアの姿勢を保持することできないなら、石油・ガスの供給先を中国向けに切り替えても、ロシアは何ら困らない”との脅かしを掛けていたことは、ロシアが隣国との国際関係に於いて、未だに昔の近世時代の殖民地主義を志向しており、近代社会になっていないこと(ヨーロッパで養われて来た民主主義、自由貿易、人権保護精神の欠乏)を示すもので、近隣諸国にとっては甚だ迷惑な話である。飛躍になることを覚悟して唯物史観の”定規”を借りれば、これは、大地主制度の経済、植民地主義の後、近代の産業革命、資本主義社会の台頭を見ずに、武力的な革命で以って、社会主義社会に一段飛び超えたロシア民族の歴史が国民意識の近代化を許さなかった結果である(あたかも、国民が小学校から高等学校を経て、大学の教育を受けるのと同じで、EU連合に取っては、ヨーロッパと異なった学校を卒業したロシアを相手にしている状況で、意識上、両者のすれ違いがある)と看做すしか説明の方法がない。
結論が先に出てしまったが、問題の根底にある要素を見極めれば、主題テーマに関する理解は容易いに得られる。ロシアの原油・ガスの供給に纏わる商業としての仔細は、既に日本で知られている通りであるが、この問題の国際的な紛争の要素は、概ね下記の局面がある:
1)今回の”給油一時停止”(1月8日)に対するEU連合やドイツからのロシアに対する批判が強く、ロシアに対するサプライヤーとしての評価が、今まで片目を瞑って曖昧に対応して来た状況であったが、これを機会にEU側の態度が明確になり、一方的な給油停止を行ったロシアは”信用できない”とまでの発言がEU委員長バロソトメルケルドイツ首相の口から出た(1月9日、ベルリン)。ロシアとの”蜜月的な友好関係”を下に、ロシアとのロマンチックなビザなし通過、軍事的共同安全体制、自由貿易圏の拡大などに対する期待が単なる夢に過ぎなかったとの反省も出ている。EU連合の全体的なエネルギー政策を、個別契約を通じて、なし崩しにしようとするロシア側の意図とは反対の結果が出てきたことは、将来のEU連合の動きに取って重要である。
− 今回のロシア−ベラルーシ間の原油給油に関する紛争は、直接的には、ベラルーシがロシア側に対して”原油の通関税”を要求し、それをロシアは拒否したことにあるが、間接的には、昨年、ロシアがベラルーシに供給しているガス代の値上げをベラルーシに要求して、ベラルーシがロシアが要求する値上げ分の半分を受けざるを得なかった経済的問題にある。そのネゴの際にもガスの供給をロシア側が一時停止した経緯がある。今回は最終的に、10日、ベラルーシ側が折れて、関税要求を撤回することで、給油が再開された。因みに、ポーランドの原油需要の96%、EU市場は、その需要の12.5%をロシアからの原油供給(パイプラインに流れて来る半分の量、年間5000万トン)に依存している。
− これで両国間の紛争の’火事”が消えた訳ではなく、紛争の”火種”はまだ多数燻っている。原油、天然ガスの他に、両国間の通関条約、交通通過条約(ベラルーシ国内の通過)、ベラルーシに駐留しているロシア軍基地の問題など。両国間には、友好国としての連合国的な条約が提携されているが、ロシア側にはベラルーシを(旧態然の)”属国”扱いにする夢があるが、21世紀ではその様なことは不可能であり、ベラルーシ側が”対等なパートナー”としての扱いを要求している。この問題が解決されない限り、原油やガスの西側向け供給手段を”奥の手”として利用される。
2)この様なロシア・ベラルーシ間の問題が存在していることより、ロシアは数年前よりEU向けのガス給油をバルト海底パイプラインを建設することで、陸上の通過国であるベラルーシやポーランドに対して牽制を掛ける政策を押し通している。この海底パイプライン建設案件に対して、バルト海沿岸諸国が一丸となって反対しているが、今回、ベラルーシのウカシェンカ大統領も反対であることが明らかになった。彼は、さる1月15日、この海底パイプライン建設を”ロシア国の歴史で最もばかげたプロジェクト”であるとけなしている。ベラルーシは、一度獲得した民族の独立と自由をロシアに返還することはしないと外国報道記者たちの前で声明した。ベラルーシは、黒海、バルト海の”海上”を利用してEU諸国に原油を提供する用意があることも発言。また、今後、ベラルーシはロシアからの原油、ガス・パイプラインの通過・使用料金の大幅な値上げを行うと牽制した。
3)数年前より、ポーランド政府はロシアの原油・天然ガスに頼らねばならぬ”枷”から開放されることの政策を前面に出し、ロシア以外のエネルギー供給源を探し出すことが国策として急務であるとしているが、これは簡単な話ではない。1990年代の終わりに、ソリダルノシチ政府(AWS党)の政府がノールウエイの北海ガスの買い付け条約にサインまでしたが、その後の旧共産党(SLD党)が批准しなかったために、未だにLPG基地港の建設が出来ていないが、新たな法律と正義(PiS)党の政府は昨年からこの契約の復元の可能性を模索している。つい最近、ポ国、西部のポズナン市近郊で天然ガスの試掘に成功したとのニュースもある。バルト海沿岸には、原油基地港があり、既にアラブ原油をタンカーで輸送しているが、ポーランドの製油技術がロシアの原油を製油するための施設に限られていることにより、アラブ原油の輸入は数量的に小さく、経済的ではない。ガスの地中海南岸アルジェからの輸入にしても、ポ国側ではガスを輸入するインフラ施設が未だに不備である。
− ポーランドに取って、第二の原油供給源をカスピ海沿岸に求めることの方よりが現実的である。そのために必要なウクライナの”オデッサ・ブロディ”のパイプラインに纏わる問題を解決する必要がある。現在、このラインはロシア産原油を黒海に給油することに利用されており、ここでもロシアの牽制が掛かっている。今回のベラルーシ経由パイプライン給油停止事件で、この問題解決に拍車が掛かる見込みである。但し、これに関するウクライナとロシアとのネゴは難しいと読まれている。その理由は、これと競合するバルト海底パイプラインの建設をロシアは既に始めてしまっているからである。ウクライナは第二のオデッサ・ブロディ給油パイプラインのプロジェクトを発表しており、ポーランドはこれが完成するまで待つ必要があるが、何時完成するかは不明である。ポーランドがカスピ海からウクライナ経由で原油の供給を受ける日を待つためには、長生きをする必要がある。
4)上記の問題の解決を助ける側面からの方法のひとつとして、今年からEU連合の議長国(1年間)となったドイツが、シュレーダー前首相(現在はバルト海底パイプライン建設会社の投資会社の総裁)の政治意識を変更して、メルケル現首相が、去る1月11日、プーチン大統領との会談(1月22日に予定)を前にして表明した対ロシアのEU政策がある。昨年の議長国フィンランドのロシアに対する腰が弱かったのに比べて、EU連合の政策として既に衆知の内容であるが、今回のメルケル首相の発言は、政策断行の意思が強く現れている。即ち、要点としては、先のロシアとの通商貿易正常化の会議の開催にポ国が拒否権を行使した理由となっている、ロシアによるポ国産食料品(特に肉)・家具輸入禁止を解除させる問題をEU連合全体の問題として、ポ国を助けて、共同解決することを通じて、ロシアとの通商貿易条約の終結に持ち込むことである。この問題は、少数のロシア商人を含む”アジア産低級肉”のロシア向け密輸入である。アジアからの低質肉をポ国に一度上陸させ、それにポ国外で偽造した獣医検証を貼り付けて、ポ国産(EU検定済)としてロシア向けに再輸出する案件で、これにはロシアの通管吏も一枚噛んでいる悪質業者の活動であり、全て内情は衆知の通りである。これはプーチン大統領自身も認めているように、技術的な問題(ロシア側の通関管理)であるが、ロシア側の政治的な切り札として利用されている。未だにこの”技術的問題”が解決されておらず、ロシア・EU連合間の通商協定が暗礁に乗り上げている。因みに、ドイツの議長国としての抱負は、ペンディングになっている”EU憲法”の完成、EU連合のエネルギー保全政策の実行、ロシアをEUの戦略的な貿易パートナーとして対応すること、バルト海底ガス輸送パイプラインの実現(ポ国やバルト海沿岸諸国から阻止されているが、資源の少ないドイツに取っては国策である)。従い、ロシア側の肉輸入禁止処置の問題は、これらEU連合の案件の重要性からすれば、微々たる話である。
− ここで留意すべきことは、シュレーダー前首相の時代にドイツ・ポ国間の外交関係が悪化したとされているが(ポ国側の主観的な感触が強い)、メルケル首相が1年前に”ポ国を除外してドイツの対ロシア政策はありえない”との決断を表明して以降、モスクヴァに向かうドイツ外交団が途中でワルシャワに一度”下車”することを実行していることを踏まえて、ドイツが議長国であるこの先1年間をポーランドは大いに利用するチャンスがある。残念ながら、過去1年間、PiS党が率いるポ国の対ドイツ外交は失敗であったとポーランド国内から評価されている。ロシアとの関係も同じ様な状況にある。旧共産党(現在は左翼連盟、SLD党)が政治の舵を握っていた時代はともかく、現在のPiS党政府にはロシアと友好的に、ポ国に取って有利に交渉を進める外務官僚が欠乏していることが悔やまれる。外交は大統領の任務の一部であるが、ポーランド全国民を代表すべきであるとされる現在のL.カチンスキ大統領は、PiS党のみの代表者になっていると評価されており、PiS党政府内でも官僚経験豊かな外交官の選択ができないでいる(人員不足)。現在のポ国外交の基本は、ポ国がEU連合の1国として活動する方針であり、2国間の”駆け抜け提携”を拒否している。EU連合が対ロシア政策に関して一丸となって推進して行こうとしている現在のチャンスを利用して、ドイツが議長国であることより、ポ国は特にこの際、友好的な隣国関係の形成に努力して良いのではないかと思われる。
5)EU連合が1月10日に発表した”EU連合のエネルギー政策”の中に、バルト海底ガス・パイプライン建設と現在既に稼動している地上パイプライン(ベラルーシ、ポーランドを経由、ドイツに供給)1本を2本に増設する案件がある。海底ラインの建設は既に始まっているが、経費的に安い陸上第2本目のパイプラインは既に2001年に完成する予定であったが、現在でもその建設が開始されておらず、幻の案件となっている。EU委員会はその理由として、パイプライン設置予定地の住民の抗議も含めて、関連諸国の政府がこの案件に興味を示していないことで、建設資金の準備が遅れており、何時建設が開始されるかも不明である。しかし、EU委員会として、ロシアからの天然ガスの発掘地、その経由路を複数にすることはEU連合のエネルギー保全に役立つことを再確認している。建設が遅延している責任はポーランド政府にあるとされている。
今回の”給油ストップ”事件は世界のエネルギー問題が抱えている”氷山の一部”を垣間見たのみである。これにロシアが単なる原油輸出と言う経済活動としてのみ取り扱うにではなく、ロシアが抱えている資源を利用して、”政治的カード”としてこの問題を取り組んでいる。ロシアの近隣諸国はロシアの資源に頼らざるを得ない生活の問題である。旧コメコン諸国は第二、第三の供給源を求めようとしても、政治的にも、経済的にも、技術的にもロシア産の資源から脱出する訳には行かない。カスピ海の原油には米国(Chevron、Texaco、Exxon Mobilなど)が興味を持っている。アラブ原油から脱出するためである。これら全ての給油パイプライン建設プロジェクトの実現可能性の政治カードをロシアが握っている。詰まりは、ロシアの政治力、EU連合と米国の資金力である。
(はせがわじろう 2007.01.07)