討論

ポーランド外交、隣国友好関係の将来に向けての展望

果たして、少数与党(PiS)政府は効果的な外交政策を打出すことが出来るのか?

 

SUKCES 200511月号 長谷川二郎訳


これは、SUKCES(200511月号)に掲載された座談会記事の翻訳で、2005年秋のポーランド国会総選挙に勝った与党と最大野党2政党出身の国会下院正・副議長2名とトップTV政治記者1名がポ国外交展望に関し討論しています。快く転載を許可してくれたSUKCES編集部、この座談会記事に注目し、翻訳して下さった長谷川二郎氏に心から感謝します。なお、脚注は訳者によるものです。 (編集部)

 

座談会参加者:

マーレック・ユーレック(国会下院議長、PiS党)

ブロニスワフ・コモロフスキ(国会下院副議長、PO党)

グジェゴシュ・ミェツゴフ(報道テレビ局“TVN24”論説員)

司会者: アルトゥール・グラバルチック(1)

 

司会者: (ポーランド最大の)日刊紙Gazeta Wyborcza(『選挙新聞』)に掲載されたユリア・ティモシェンコ(前ウクライナ共和国首相)とのインタヴィユーで、彼女がポーランド人に対して「悲観する理由はありません。ウクライナを信じて下さい」と言っていました。 皆さんはウクライナで(民主化が成功すると)信じていますか? オレンジ革命(20041121日)を行った政府要人の先の人事交換がポーランドにとって都合の悪いものでしょうか?

 

ブロニスワフ・コモロフスキ(以降BK:政治は信念の問題ではなく、勝ち目を計算することのみ。政策の目標を定め、それを実現させる技術である。司会者の質問が、西欧、即ちEU連合とか、NATO(北大西洋軍事機構)への加盟をウクライナが果たすことを我々が信じているかどうかと言うことであれば、それは我々が信ずる、信じないとかの信念の対象ではなく、我々の目標であると言える(2)。これには現実性があり、仮にそれが困難な問題を含んでいても、我々はその実現に向けて努力しなくはならない。最近まで一丸となって西側との連結を果たそうとしているウクライナの願望が不透明になったと言える。それは、彼らの目標を実現させることよりも、企画することの方が簡単であったと言うウクライナの政治家グループの弱さである。あちらでは、法制面でも、経済面でも未だに何らの改革が進められていない。どの様な改革をするにしても、それを実現すれば、近い将来に予定されている(20063月末)総選挙を前にして、それは非常に危険なことであると想像される。ウクライナの政治家たち自身が、西側世界の同盟者になるために、どの程度の民主化をすべきであるかを最後まで理解していない。一方では、彼らは聞こえが良くて、都合のよい内容の民主化(例えば、ヨーロッパ外交社会との社交とか西側との貿易)を期待しているが、他方では、困難な問題を避けて通ろうとしている。しかし、ポーランドこそはウクライナの改革に寄与できると信じたい。我々自身の活動を通じてのみならず、EU連合諸国やNATO軍事機構諸国に働き掛け、明確な課題を示すことによって、ウクライナを助けることが出来ると思う。

 

マーレック・ユーレック(以降M.J.:そうです。但し、EU連合の政策変更への働き掛けは非常に難しい。EU連合内部では東方に拡大することに反対する要素が根強く潜在していることを頭に入れておく必要があります。オレンジ革命に対する反応が、一方では熱烈な反響を呼び起こしてはいますが、他方では、例えば、ベニタ・フェレロ・ヴァルデゥナー女史(3) ハビエル・ソラナ氏(4)らのウクライナ加盟に対してかなりの距離を置く一連の発言がありました。これらの発言から、EU連合の拡大への可能性の余力が既に無くなったとか、無くなるであろうとの意味合いが感じ取れました。ですから、EU連合の実質上の国境線が歴史的ヨーロッパ文明のそれと同じにしようとする(詰まり、ロシアと国境線を接する)願望を実現することは非常に難しい問題である言えます。それを実現するためには、ポーランドの積極的な活動が必要となるでしょう。

 

グジェゴシュ・ミェツゴフ(以降G.M.):私はもっと悲観的に見ていますよ。現時点でウクライナは大きな難題を抱えている様に見受けられます。ウクライナ総理のモスクワ訪問が、この際、非常に重要になる。EUとウクライナ間の関係は、実質的には、EUとロシア間の関係であることを意味しているのですよ。先のロンドンで開催されたロシアとEU首脳会談の有様では、何も解決しないでしょう。ヨーロッパは昔からロシアに対して恐怖感を抱いていいます。 双方の間で何か問題が発生すれば、その様な問題がないと装って、問題から逃げる癖がありますね。不明瞭な問題が未解決のまま残されて行き、明確な対モスクワ政策などは存在していませんよ。

 

B.K.彼らのウクライナ問題に関する理解には、彼らの常識を遥かに超えた弱点がある。ここでは、CIS諸国に対してロシアに忠誠であるべきであると直言したブッシュ大統領の政策が痣となっている。シュレダー首相のロシア関係に於けるドイツの単独政策も痣となっている。その上に、伝統的な仏国の対ロ親交政策も痣となっている有様。現在の独・ロ関係、仏・ロ関係がウクライナ情勢に重大な影響を与えており、それが我々にとって新しい試練となっている。これが、ウクライナのEU連合加盟に関するチャンスを宣言する問題で、EU内部で過度に控えめに対処されている理由の一つであり、悪いことに、これが、ウクライナ内部での西側に恭順するグループの動きを抑えて、ロシアに追従するグループの発言を強めている理由に繋がっている。それだけに、我々のEU連合との強調体制が絶対に必要であり、それが我々ポーランド自体の利益に繋がると確信している。

 

M.J.目標に関しては貴殿と同感ですが、そこに至るまでの道に就いては異議があります。私の意見では、EU内部での協調路線は、ポーランド独自の活動や我々が想定するヨーロッパの建設にとっては邪魔になっています。ウクライナの改革への協力活動として、一方では米国の援助がありましたが、他では、我々とリトアニアのみでした。EU連合の積極的な援助は出足の遅れた感があったではないですか。

 

B.K.いや、そうではない。ウクライナのオレンジ革命が成功した要素の一つは、EU連合をこれに引きずり込むことに成功した皆の功績、中でもポーランドの功績である。

 

M.J本当です、しかし、ポーランド独自の活躍のお陰です。

 

B.K.しかし、EU連合の協力を得られなかったら、我々の活動も力足らずに終わったのではなかったかと想像される。我々の意見がこの案件で効果的であったのは、EUの協力のお陰である。現在、ウクライナを西側の同盟に引き込む運動の危機的な要素は、正に、既にかなり前進しているフランスとドイツの独自の対ロ政策である。EU連合のウクライナ問題に関する反応は、仏・ロ政策、独・ロ政策が単独行進する松明となっている。EU連合の対ウクライナ・カードは、仏国と独国の対ロシア政策の一部となっている。EU連合内部に於ける強調政策から見て、仏・独の独走を止めることは、ウクライナ問題に関してこれら2国をして単独でロシアの要求に何も合意させないことの意味がある(5)

 

M.J.: 私もその様に見ています。ヨーロッパは協調体制を確立させて、積極的な政策を打ち出す方法を探すべきだと思います。だからと言って、ヨーロッパ憲法の場合と同じ様に、そのことを法令化するとか、政治的な管理システムとか、政治的な圧力とか、或いはまた、民族国家的なレベルの政策を検閲するとかのシステムを作り上げると言う意味ではありません。

 

B.K.民族国家政策の検閲を意味するのではなく、政策実現のための円卓会議とか、共同して、統一した政策を実現するとかし、フランスとかドイツに枷をかけて彼らを束縛することです。

 

M.J.その様な政策はフランスやドイツの役割を何も制限するものではないですが、米国の政策はその様ですね。

 

B.K.それには反対です。強調体制を築いた外交政策こそ、親米政策を打ち出している諸国(例えば英国、イタリア、ポーランド)の力を強めるものです。共通した外交政策が共同防衛政策であり、その保障はないが、国際関係に与える我々の影響力を拡大することに大きな可能性を持っていると思う。

 

G.M.しかし、ヨーロッパ憲法の発布に関する協議が再開されない限り、その様な現実性はないようですね。この憲法案件が元の形で、何時再開されるかが解らないだけに(6)、今はこのとについて何も議論されていませんね。処が、ウクライナ案件に関して、それのみではないですが、別の問題があります。EU拡大の可能性はヨーロッパの経済力に懸かっている。現在のドイツで起こっていることを見るにつけ、ドイツ経済の急速な回復の見通しは薄いと確信出来ます。ドイツ経済が低迷すれば、我々の国も含めて、ヨーロッパの国々の半分で経済が低迷します。ですから、EU連合拡大のための環境として、フランス人であろうと、ベルギー人、ポーランド人など皆が既に汽車が発車していて、拡大する価値があり、皆がその拡大で利益を得られることを感じる取ることが必要ですね。今の処、その様な環境が準備されていない。ヨーロッパ経済は同じレベルで足踏みをしていて、中国は我々を追い越し、米国は、台風の影響を受けて、深刻な国内問題に悩まされているが、経済は健勝であり、ポーランドが追従できない程の経済成長力を持っていて、ヨーロッパが提唱するリスボン戦略(7)などは存在していません。実際の処、ポーランドがEU連合に加盟した時点で、ヨーロッパの一般社会は拡大に対して明らかに消極的でしたね。

 

司会者:共同の外交政策を打ち出す方法を見つけ出すまで、ポーランドは自力でロシアと話をして行かざるを得ませんが、オレンジ革命に協力したことで損失が出ていませんか?あの時以来、ロシアとの衝突が集中的に発生しています。

 

M.J.いや、失ったものはありません。

 

G.M.いや、 あの時初めて我々は自分たちの力を感じましたね。

 

B.K.ロシアはポーランドの力を垣間見た。ウクライナ・カードでのポーランドとロシアの利益の違いは両者関係の根底にあるもので、ウクライナがEU連合の同盟国になることに成功するか、或いはEU連合が東方統合を敢行する刺激を受けるか、強制されるかの事態に至るまで、この相異点は無くならない。ポーランド・ロシア間の最悪の係争問題が発生した時に、両国間の貿易が拡大したと言う記憶を喚起すべきである。

 

M.J.その他、ウクライナで有意義な役割を果たしことで、ポーランドはEU連合の戦略会議の委員国(6カ国)になることが出来ました。これは我々のヨーロッパに於ける立場を大いに強めました。

 

司会者:(キーエフ市中心街の)マイダン独立広場でオレンジ革命家たちが我々に約束した友情を利用できますか? ウクライナがEU連合に統合されることに協力することで、何を得られますか?

 

B.K.経済面でウクライナが出来るだけ速くEU連合に統合されることがポーランドの利益(貿易)に繋がる。これが実現されれば、容易く、安全に貿易が出来る。この分野で成功した案件が幾つかある。チェンストホヴァ精錬所とFSO(ワルシャワ自動車工場)へのウクライナ資本の参加が実現した。経済的な絆を確立するにために、世界では、大きな政治を画策している。ウクライナと我々との関係では、象徴的な分野のみが重要な訳でもない。若鷹墓地問題の解決(8)外交面での勝利であり、戦略的な同盟国であることの意義を無視する訳ではないが、経済協力の分野が最も重要である。この分野で著しい変化が出ている。この傾向は今後とも継続され、双方の経済的な提携の数も増えると思う。正に、このために我々は活動しているのではないか。

 

司会者:将来のウクライナとの関係は心配ないとして、では、ロシアとはどの様に進めて行くべきでしょうか? あちら側よりの動きとして、何を予測すべきでしょうか?

 

G.M.この関係は、我々の政府と大統領が交代する現時点でこそ重要ですね。ロシアにとって心理的な面で重大な課題である筈です。それは、過去2年間クファシニェフスキ大統領(9)明らかにプーチン大統領に無視されているからです。ポーランドでの新大統領選出はポ・ロ関係の新しいページを開くチャンスであると思います。

 

B.K.新しいページが開かれることのチャンスは小さい。それは、ポ・ロ間の友好関係を維持する鍵がモスクワ側にあるが、ロシアはそのを手に握ろうとしていない。我々は時間を掛けてこの問題を対処する準備をしなければならない。冷え込んだ両国間の関係を急速に暖める可能性はなく、それだけに、ロシア側の政策にも早かれ遅かれ変化が出てくると思う。

 

G.M.ロシアに対して我々が追従する態度を取るべきではないと思いますが。

 

B.K.:そうだ。ポーランドは、あくまでもロシアとの貿易の取引や相互間の資本投資活動の発展に力を入れるべきである。これには従来から政治的圧力が著しく加かっているが、徐々に普通の経済取引の性格が強まって来ている。詰り、政府に迎合することよりも、儲けを先に置く様になって来た。ポーランドにとってかなりの努力が要請される要素として、青年たちの交換接触、文化的交流、NGO組織の活動へ援助することなどがある。仮にこれらの要素が改善されれば、ロシア側の新ページ開拓に関する公式の発表などと言う形式的なものを期待する必要なく、両国間の経済的取引拡大のチャンスを失ってはならないとロシア側も理解してくれると思う。

 

G.M.今まで我々はロシア人から家臣の様に隷属的な扱いを受けて来ました。我々は独自の外交政策を持つ力がないとプーチンが思い込んでいた様です。処が、オレンジ革命の様相を見て、ポーランドも独自の意見を公表していることを認めざるを得なかった情況にありますね。私が新大統領であるなら、このプーチンの確信を更に強めてもらう方向に動こうとしますね。

 

M.J.ロシアとの関係では、二つの重要な要素があります。その一つは、新しいポーランドの大統領は今までよりも精力的な決断力を持って外交政策を打ち出し、相互関係の紛争案件ではポーランド側の道義を隠さずに主張して来るであろうとロシア人は読んでいます。その二つ目は、方法論的に言って、ポーランドは西側の対モスクワ政策に多大な影響を与えていて、ポーランドを無視する訳には行かないとの確信を持っています。我々がウクライナで活発に動いていること、ポーランドが白ロシアで人権が疎外されていることに注意を喚起していること、ポーランド外務省がマシャドフ大統領の射殺に逸早く反応を起こしたことなどで、ロシアの受け取り方を気にすることはありません。この種の案件では、対ロシア政策を変更する意思をポーランドは持っていません。ポーランドとの友好的な関係を維持することがロシアにとって、西側との関係で重要であることをロシアは知るべきです。これを実現させるためには、勇敢で、不断の政策が我々に必要となります。

 

G.M.この点では、アダム・ロットフェルド前外務大臣が沢山の成果を挙げていますね。

 

B.K.そうです。教授の性格として、慎み深い大臣であるが、時によってはロシアに対する反論を強めて、きっぱり言い切ったことがある。マシャドフ射殺に関して、これは殺害ではなく、馬鹿げた行為だと彼は明言していた。彼のお陰で、ポ・ロ関係の外交処理の経験を豊かにすることが出来た。

 

M.J.ロットフェルド大臣の政策で重要な要素は(この要素が今後とも継承されると希望していますが)、ポーランドの外交がロシアの行動に対して、逸早く、しかも果断に反応すると言う基本があった。しかし、外交政策を効果的に進めるためには、国際問題関連に於いて、我々の活動の目的と戦略に関して国内の各種政治団体の合意を幅広く獲得しておくことが大事であると思います。外交相手にとって、ポーランドの(国内で)共通した意見を出せば、ものすごく良い印象を与えるのが常です。

 

司会者:ポーランドの政治家たちはドイツ人との関係でその様に協調した意見を持っていますが、その共通した点は、ドイツ人の(戦後ポーランド領域内に於ける個人による不動産)賠償請求と追放反対センターの建設に合意できないと言うことのみです。最近のあちら側の総選挙の結果が我々の期待していた内容とかなり違った情況の下で、我々の西側隣人との関係は今後どの様に推移しますか?

 

G.M.シュレーダーが退出し、近々フランスでも大統領選挙があることから、シラクも大統領官邸から出て行きます。これがヨーロッパと米国間の関係に良い影響を与えるでしょうね。ブッシュとシュレーダーが話しあったこと、いや、寧ろ話合いをしなかった内容が解決されずに今も空中にぶら下がっていて、シラクの発言も空中で分解しています。彼らが退却した暁には、これらの国及び全ヨーロッパと米国との関係が、数年前ほどの様な問題にはならない。これが我々の活動をし易くしてくれます。(わが国が)フランスとかドイツの意見に抵抗して米国に協力をした時に苦慮したことを思えば、この点では良くなると思いますね。

 

B.K.我々が希望する程でないとしても、確かに良くなっている。ドイツの選挙結果が、彼らと米国との関係に根本的な変化をもたらすものとポーランドでは広く期待されていた。詰り、伝統的なユーロ・アトランティック政策への復帰とロシア関係で各国の単独行動を避けると言うこと。

 

M.J.ドイツの選挙結果は複雑です。しかしポーランドにとっては総合的に良い結果となっています。それは、ポーランドに対する賠償要求と歴史的な憧れへの政策を受け入れていた選挙人たちの一部にドイツ右派が頼る必要性が無くなったこと、一方、ドイツ左派にとっては反米政策を持ち出すことと自分たちのユーロ・ヴィジョンを擦りつけることが難しくなっているからです。

 

G.M.そうですね。しかし、CDUの不明瞭な勝利がドイツ経済にとって悪影響を与えていますね。CDUの単独勝利ならば、危険をおかしても、足踏みをしている経済を誘導させるための変革を行う力があったのですが。ですから、私は今後のドイツの動きに心配しています。今起こっていることは、色々な問題を旨く処理しているドイツ人に対して我々が抱いているコンプレックスを微小ながら弱めてくれていますが、今日、ドイツでその様に全てが旨く行くかないことが明らかになって来ましたね。失業者の数が更に増え続けていて、我々よりも経済成長の足並みが劣れています。問題は、ドイツ経済の深刻な低迷が我々の経済に影響を与えていることですね。

 

司会者:選挙前、ドナルド・トゥスク(10)が、就任後の最初の外国訪問の行き先はドイツである宣言していました。レフ・カチンスキ(11)は米国を趣向していました。これらの宣言内容が、今後のPiS党とPO党連合政府(12)の外交政策の基本になりますか?

 

B.K.ドナルド・トゥスクの宣言はドイツの選挙前に公表された。それは、CDUの勝利の後、ポーランドに必要なドイツの外交政策、特に対ロシア政策の修正を期待していたからである。今、この様な可能性がないことが明らかになった。

 

M.J.レフ・カチンスキの宣言は今でも有効です。米国こそポーランドの主要なパートナーであると我が党は確信しています。我々は彼らとグローバルな政策について協議したいと思っています。特にポーランドが必要とするものとかと貿易とか、米国が約束したこと(13)を実現して欲しいと思っています。彼らの現今の新しい提案を知りたいですね。

 

司会者:何時、新大統領がモスクワを訪問し、プーチンをワルシャワに招待ますか? 

 

B.K.ここで重要なことは、ロシアとの外交関係(14)に於いては、過度に神経質に問題を扱わないことである。クファシニェフスキ大統領が4回もモスクワを訪問し、プーチンがポーランドを訪れたのは只の1回で、しかも我々に不快感を与えたなどとの話は忘れ去るべきである。ポーランド大統領のモスクワ訪問とか、ロシアの大統領のワルシャワ訪問とか、訪問外交を表面的にのみ問題にすべきではない。訪問することの目的は、ポ・ロ関係の改良のためになる様に、或いは両国の貿易拡大のためになる様に、具体的な解決を求めることである。

 

(終わり)

 

------------------------------------

(1)     座談会題名原文:co nam po sąsiadach、座談会副題名原文:czy koalicja popis znajdzie sposób na skuteczną politykę międzynarodową? 座談会記録発行雑誌名・号・ページ(月間誌):SUKCES, LISTOPAD 2005, NR 11 (186), MĘSKA CZĘŚĆ, S.20-23. 編集局長:Karolina Korwin Piotrowska/発行社名:Multico-Press Sp. z o.o. (Warszawa)/参加者名:Marek Jurek, Bronisław Komorowski, Grzegorz Miecugow, Artur Grabarczyk. PiS(法と正義)。党が、去る9月の総選挙で下院では155議席(全議員数460名の44%)を獲得、PO(市民プラットフォーム)党は133議席(29%)を獲得。上院でも、定数100名の内、PiS党は49議席、PO党は34議席を確保。しかも、去る10月の大統領選挙でも、PiS党創設者L.カチンスキが、PO党主R.トゥスクを破って当選している。両院の議長もPiS党出身。これでPiS党のポ国政界に於ける一党圧勝となった。選挙前より両党の“連立政府”の樹立が期待されていたが、最終的にはPiS党の少数党単独政権が樹立した(1031日)。ここに掲載した座談会は10月の初旬に、未だにPiSPOとの連合政権が期待されている時期で、しかも、誰が大統領に選出されるかが解らないままに開催されている。

(2)     ポーランドのNATOへの正式加盟は1999年3月、EU連合へは20045月。

(3)     Benita Ferrero-Waldner, 現今のオーストリア外相で、欧州委員会の外交関係担当員。

(4)     Javier Madariaga Solana, スペイン人、欧州連合共通外交保安上級代表(外交委員長)。

(5)     去る12月初め、ドイツでスカンダラスな話が爆発した。事件は有名なロシア=ドイツ間のバルト海海底天然ガス輸送パイプ・ラインに関して、シュレーダー前首相がパイプ・ライン建設会社(ドイツ・ロシアの共同出資North European Gas Pipeline)の総裁(経営会議議長、年間賞与100万ユーロ)に就任したことが判明し、現在ドイツ政界の台風の目となっており、ドイツ国民の“総スカン”を食っている。これには下記の要素がある:他国(特にポーランド)からの批判を避けるため、このパイプ・ライン建設は政治的裁決ではなく、全くの経済的観点によるものであると、パイプ・ライン建設決定発表当時(9月)に彼が説明していたが、政治的決裁であったことはドイツ国内では衆知のことであった。現在の彼に対するドイツ国内の非難は、政治家が政治の“舵”を握っていた時点で、政治的裁決を出したが、実はそれは自分の首相退役後の仕事の確保のためであったと見られるもので、ヨーロッパ政界の常識的な“処世法”ではないと批判されている。しかも、新総裁の右腕として、旧スタッシ幹部(Mattias Warnig, マッティアス・ヴァルニグ、東独時代のプーチン大統領の旧友)をNEPGの社長に起用していることも非難の対象となっている(KGBとの癒着が匂っている)。また、11月末にメルケル新首相がポ国を訪問し、その際確認した“新しい独・ポ間の友好関係”の絆が、これで台無しとなったことで、ドイツ新政府の立場が悪くなった。

― 処が、東欧諸国、特にポーランド政府の反対を受けて、難航していたEU2007年−2013年5ヵ年予算計画(英国政府が議長国で、最終案を提出)に関するEU首脳レベルでの交渉が、ブリュッセルでの2日間の徹夜首脳会談の末、去る1217日の未明に、最終的にドイツのメルケル新首相の仲裁のお陰で妥結し、ドイツ政府はポーランドに対して“汚名”を挽回した経緯があった(この座談会開催2ヶ月後)。詰り、サーッチャー鉄腕首相の時代から対UE納付金の還付金の特権を享受してきた英国に対する攻撃と、農業補助金で最大の恩恵を受けているフランスがその一部を削減するなどの問題を巡る交渉にドイツが仲裁者として入り、しかも、バイエルン地方と旧東独地域の開発に向けるべく予定されていた予算の内、1億ユーロを開発が遅れているポーランドの東側国境線地域の開発のために譲ることをメルケル首相が決意・提案したもの。交渉妥結後直ちにポ国のマルチンキェヴィチ首相が、“これは金額の多少の問題ではなく、メルケル首相の協調心(ソリダルノシチ)を示す素晴らしいジェスチャーである“と熱い謝礼の意を表明している。

― 因みに、このEU連合の200720135ヵ年予算の原案は、半年前にルクセンブルグ会議で草案されていたが、その最終的交渉で英国がポーランドやその他中東欧諸国零細農地開発向けの予算を削減する修正案を出したことに対して、恰もポーランドが“暴れん坊”的な抵抗を示したことで、交渉が難航していたもの。このEU内部の農業政策は長年、西側各国の“保護政策”が問題の根源にあるが、交渉では、この農業問題が解決されずに将来の課題として残された。その情況を受けて、早速、この予算交渉が妥結した直ぐ後で、フランスのシラク大統領がフランス・ドイツ・ポーランドの“ヴァイマール三軸会議”(原則として不定期な3国外務大臣の会合)の開催を提案し、至急に農業政策に関わる問題の解決を進めようと発言した。これも、この座談会の参加者たちが発言している様に、EU内に於けるポーランドの立場が大いに強化されたことの証と言える。少なくとも、EU 連合内部では、今や、ポーランドを“貧困国”を代表する新参国として無視できないまでにポーランドが評価され始めたことを意味している。因みに、EU憲法交渉の際に、シラク大統領が“ポーランドの様な新参国は黙っておれ”と豪語したことは有名である。

― しかし、今回の交渉で、ポーランドは総額5,962万ユーロの開発援助資金を獲得したとは言え、老婆心ながら、諸手を上げて喜ぶことは出来ない。ポーランド国会の野党の一部が、マルチンキェヴィチ首相に対して、当初の計画通りの8,000万ユーロの獲得が出来ず、首相の交渉力が弱いと非難しているが、これは金額の多少の問題では済まない。幾ら多額の予算額を獲得しても、この種資金を利用するための一定期間内での申請書類の作成・提出、EU委員会での認証獲得、15%の自己負担など各種条件が満たされなければ、絵に描いた団子で終わる。過去に於けるこの種資金の利用率が、ポーランドの場合、単に20%程度しか利用されていなかったことを見れば、今後ポーランド側の政府管僚の統治力や指導力、政府や地方自治体の自己資金の余裕の有無などの試練が待っている。ポーランドはこの5年間に2,400万ユーロのEU納付金を支払う必要があり、上記の5,962万ユーロを十分に利用することが出来なければ、納付金程度(ネット支払い)、或いはそれ以下の資金利用に終わる可能性がある。

(6)     新しいEU連合の憲法草案は2004年10月ローマでサインされた。しかし、全てのEU連盟国(25カ国)の批准が必要とされ、既に14カ国の国会で批准されている。処が、20055月オランダで、6月フランスでの国民投票で批准を拒否する結果がでたため、ポーランド、英国、デンマーク、チェコなどでの国民投票が無期限延期とされている。最終的に紛争のポイントとなっている案件は、“二重の多数決方法”と憲法前章に“キリスト教的価値観の伝統”の記載を挿入するか否かの問題である。

(7)     リスボン欧州理事会で採択された(2000年3月)欧州の経済・社会政策の方向を示したもの。

(8)     “若鷹墓地”はウクライナの西部、ルヴォッフ市にあり、19181920年のポーランドの若者戦士を埋葬したことで、この名前が付けられている。第2次世界大戦後、破壊されていたのをポーランド側が再建することについて政治的問題となった。これに就いては、拙訳「ポーランド外務大臣