Small Dinner

田中敦



ポズナンスキ工場跡


 これまで縁のなかったポーランドに、2年前から3回訪れる機会に恵まれました。藤井和夫先生(この日ポ協会関西センターのセンター長さんであり、私の職場の先輩)に連れられて、ウッジ大学国際関係学部で日本経済についての講義をするためです。

 1999年5月に初めて訪れたときは、驚きの連続でした。なにせ、東欧を訪れるのは初めて。私は海外生活の経験が2度ありますが、いずれも西側諸国の「総本山」であるアメリカです。緊張しました。出発前も藤井先生に、「向こうの気候の変化は?」、「水、飲めるんですか?」、「写真を撮ってはいけない場所はどこですか?」、「大学の教員はどんな服装をしてますか?」などなど。1ヶ月間は、藤井先生に廊下で会う度に質問していました。旅行ガイドも買って真剣に読みました。

 オケンチェ空港(今はフレデリック・ショパン空港と改称されたそうですが)に降り立ってからも興奮の連続。「あそこに停まっているヘリコプターは、東側の軍らしいデザインだ」、「あっ、東側っぽい自家用車やトラックが走っている。昔のスパイ映画のワン・シーンみたい」、「やっぱり平たい国だ、ほとんど起伏がない」・・・。

 驚くべきは、それだけではありませんでした。その言語の奇々怪々なこと。私はポーランド語は話しませんが、それでも固有名詞ぐらいはアルファベットのパターンを覚えればなんとかなると高を括っていました。その考えは、甘かった。固有名詞すら、変化するのですね。これでは、全くお手上げです。

 もちろん、私のポーランド滞在は驚きだけで終わった訳ではありません。驚きも楽しみましたが、ポーランドの美しい田園風景、一面の菜の花、古い教会にも魅了されました。ポーランドの人々の優しさにも触れました。ウォッカやビールも楽しみましたし、いろんな料理を出されるがままに堪能しました。東欧というと暗いイメージがありますが、町並みは、旅行ガイドに書いてあったように明るく、西欧とあまり変らない感じがしました。きれいに維持された古い町並みをブラブラ歩き、疲れて辺りのお店でビールを一杯飲むことの美味しいこと。ウッジで講義の合間に時間が余ったときは、1人でトラムに乗って好きな所で降りて、町並みを楽しみました。

 以降3回も訪問すると、楽しむだけでなく、親しさも感じるようになってきました。美しい町並みを歩いている自分の姿も、なんとなく違和感がなくなってきたようです。それでも、慣れないことがいくつかあります。たとえば、言語。前述のように、ポーランド語を習得するのはとうの昔に諦めましたが、片言のポーランド語すらすぐに忘れてしまいます。とくに、"Dzien dobry"(こんにちは)と"Dziekuje"(ありがとう)は、よく間違って使ってしまいます。

 また、未だによく分からないのが、食事のタイミング。私は、普通に朝・昼・晩と3回食事をするのだと思っていましたが、ポーランドではそうとも限らないことがすぐに分かりました。「では、どうなのか」というと、人によって説明がまちまちで、未だによく分かりません。読者の皆さん(日ポ協会の方々)はよくご存じかもしれませんが、私は大まかにはつぎのように理解しています。平日の朝は、しっかりと朝食を食べます。普通の職場では昼休みがなく、昼食はとりません。ただし、お腹が減ったら仕事の合間にパンやサンドイッチをパクつきます。これは慣習だと言う人もいますが、ただ忙しいだけと言う人もいます。勤務時間は、日本より1、2時間早い方にずれているので帰宅も早く、夕方にディナーをとることになります。普通は、これで終わり。夜にお腹が空いたら簡単な「夜食」を食べますが、これは健康によくなく、「夜食は敵にくれてやれ」という諺があると聞きます。以上は、平日の話で、土日はまた違うようです。

 このような食事のタイミングにはなかなか慣れず、未だによく失敗します。お昼も12時を過ぎればお腹が空いてきますが、ここで勝手にまともな昼食をとると、あとで酷い目に逢います。夕方4時ぐらいに人に呼ばれて、大きなディナーをご馳走になり、ほとんど残したことがあります。晩に「御呼ばれ」だからといって日中は何も食べないで我慢して、夜7時にお邪魔したら、簡単な夜食しか出なかったこともありました。平日と同じつもりで土曜日の朝にしっかりと朝食を取った後、友人宅へ午前10時頃行くと食事をご馳走になり、その後、別の友人宅に正午頃行くとディナーが待っていたこともありました。私は、ポーランド料理が大好きなだけに、思わず「タッパーを貸してください」と言いたくなりました。

 ちゃんとした食事は1日2回が基本だからか、日本人より体格が大きいからか、寒い国なので栄養を沢山摂る必要があるからなのか、とにかく食事1回あたりの量はとても多くて驚かされます。食事の大きさに警戒感をもちだした頃のことです。親しくなったウッジ大学教授に、夕食に誘われました。高級レストランで、彼はお薦め料理を注文していきます。「前菜はこれ、スープはこれ、メインはこれね」。でも私には分かっていました、前菜だけでも十分な量で、とてもじゃないですがメインまでは辿り着けないことを。そう伝えると、その教授は「大丈夫、大丈夫。ここは高級レストランで量もお上品なんだ。前菜もスープもsmallだよ」と言います。納得して料理を待ちましたが、料理がきてみるとやっぱり、いつもの量でした。スープを半分残したお蔭でメインまで辿り着けましたが、もちろんメイン料理は味見程度しか食べられませんでした。

 その教授は、私をだまそうとした訳ではありません。私の食事量はよくご存じでしたが、残してもいいからそのレストランのお薦め料理を一通り味見して、ポーランド料理を堪能して欲しかったようです。メイン料理を味見した私に、彼は「最後にsmall dessertはどう?」とニヤリとしながら聞いてきましたが、丁重にお断りしたのは言うまでもありません。

 以後、彼はよく食事に誘ってくれます。いつも、茶目っけたっぷりに「small dinnerを食べに行こう」って言ってきます。もちろんジョークですが、彼のその言葉を聞く度に、文化の差異のために経験した数々の失敗を思い出し、思わず苦笑してしまいます。

(日ポ協会関西センター『WISLA』第25号 2001年6月30日発行)



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