ポーランドのアグリツーリズム


旅行者の期待、農村の期待、自治体の期待...


田口雅弘



 「駅に着くと、人の良さそうな麦わら帽子の農夫が荷馬車で出迎えてくれた。笑顔でゴツゴツした手を差し出す。ワラの匂いが残る荷馬車でしばらく田園風景の中を揺られていくと、遠くからバイオリンとアコーデオンの伴奏にのって歌う『森へ行きましょう』が聞こえてきた。歌っているのは、鮮やかな民族衣装に身を包んだこれまた人の良さそうな中年の女性である。宿泊予定の農家の女主人だ。旅行者用の部屋は、母屋の一部を改装して作ってある。小綺麗ながら、わざわざ古い家具で統一し、さりげなく隅に戦前の農機具や糸車を置いているあたり、小憎らしい配慮である。
 昼食までまだ時間があるので、早速アトラクションを楽しむことにした。採れたての牛乳でバター作り、山羊のミルクでチーズ作り、さすがに豚の屠殺は遠慮したが、そのかわり主人の息子が乗馬を教えてくれた。アヒルやニワトリが走り回る庭で、手作りのハム、パン、ソーセージ、地ビールを堪能した後は、森でキノコ採り。夜は、極上のウォッカに酔いながら、村の民族舞踊団の舞いに興じる。少々足並みのそろわないところは、アマチュア舞踊団らしくて、むしろほほえましい。」



 ...と、こういったところが、外国人旅行者がイメージするポーランドのアグリツーリズム(農村滞在型観光)の理想(ステレオタイプ?)だろう。

 現在、ポーランドでは、アグリツーリズムがブームである。しかし、現実に冒頭のようなアトラクションを用意している農家はほとんどなく、大半は副収入を見込んで部屋を貸すだけの単なる農家である。逆に、完全にペンション化して、ユニットバス、高級家具などを揃えていることを売り文句にする「農家」もある。「アグリツーリズム農家(gospodarstwo agroturystyczne)」といっても、このように千差万別で、当たりはずれがあることは覚悟しておく必要がある。もっとも、「アグリツーリズム」に観光客が何を求めるかも千差万別なので、電話してしっかり農場の施設を確認し、こちらの要望をはっきり伝えることが重要である。



 宿泊料は安いところが多い。一泊平均30zl〜50zl(約900円〜1500円)、昼食約20zl(約600円)、朝食・夕食約10zl(約300円)が2004年の相場だろうか。現在、様々な組織が、アグリツーリズム農家に対し経営コースを開いており、修了者には認定証が発行されている。アグリツーリズム農場は課税面で優遇措置を受けられるばかりか、補助金を受給できる場合もある。村単位でアグリツーリズムに力を入れる所も多い。一見なんのへんてつもないのどかな農村だが、実は村が丸ごと農業を辞めてアグリツーリズム農場を経営しているというケースもある。話はそれるが、格安のアグリツーリズム農家が急速に増えた結果、宿泊料の相場が大幅に下がり、あわてているのは既存のホテル、ペンション、民宿である。アグリツーリズム農場に対抗して、大幅値下げするものの、コスト的には勝負にならず、倒産するペンション、民宿も増えてきた。



 失業率が25%近い、現金収入の少ない地方にとっては、アグリツーリズムにかける期待は大きい。EU加盟で経営が困難になる弱小農家が増加しており、このこともアグリツーリズムの急速な拡大の要因になっている。現在約190万人いる農民のうち、EUの中で採算のとれる農民として生き残っていけるのは30万人とされている(全国農業普及センター調べ)。

 しかしながら、アグリツーリズムに対する地方自治体のサポート体制はまだまだ手探りの状態である。地ビール開発ひとつにしても、そもそも地ビール会社が次々と外資大手に買収されているような現状では、新たな地ビール開発など望むべくもない(現在、ポーランドのアルコール消費はウォッカではなくビールが中心である)。また、地元の特長を生かした郷土料理はほとんどなく、どのアグリツーリズム農家にいっても出てくるのはカツレツである。農村地域の観光資源開発について地元役場に聞くと、皆声をそろえて頑張って取り組んでいるというが、具体的な話になると、とりあえず宣伝パンフレットを作っているという程度の回答しかかえってこない。

 ポーランドのアグリツーリズムが、外国人観光客も引きつける魅力あるものに育つには、もうしばらく時間がかかるだろうが、成長が楽しみな分野ではある。

(2004.11.10)