フランクフルト・オーデルの舞台に「日本」
阿部津津子
これはイケる!!これはケッサクだ!!!
日本の皆様にもお見せしたかったのが、フランクフルト・オーデルの風刺カバレット小劇場「オーダーヘーネ(オーデルのニワトリ劇場)」で上演されている「Nichts ist unmoeglich(不可能の文字はない)」だ。ドイツ在住の方は御存知と思うが、これはドイツでのトヨタ自動車のコマーシャルでよく知られるキャッチフレーズなのである。
ある日、フランクフルト・オーデルの平凡な主婦マリア・フィッシャーのもとに、トヨタ自動車から懸賞日本旅行の当選通知が届く。マリアは大喜びだが、飲兵衛で大の旅行嫌いの夫、マンフレートは日本行きを断固拒否。トヨタから派遣された日本人社員をにべもなく追い払ってしまう。続いてゲイシャの「オノ・ヨーコ」が日本料理の講習に訪れ、観客に簡単な折り紙を教える一幕などもあって、なかなか気の利いた演出となっているのだが、「オノ・ヨーコ」が「日本ではスープ(味噌汁またはうどんのことか?)をお箸で食べるのでございます」と説明すると、客席からは「ほう!」驚きの声が上がった。さて、件のマンフレートは、隣人のヴェルナーに「日本ってとこはナ、技術こそ進んじゃいるが、生活水準は中世並みって話だ。それに女は男の奴隷で、連中は昼間っから湯船に浸かって歌を歌ってるそうだ。しかも混浴だぜ」などと、もっともらしく日本に関する知識(?)を吹き込まれ、ついに日本行きを決意するのだが、飛行恐怖症であるためどうしても飛行機に乗る気になれない。そこで、マリアとマンフレートはシベリア横断鉄道でウラジオストックまで陸路を辿ることにする。
シベリア鉄道の車中ではハプニングの連続だ。東ドイツ時代の政治家、エゴン・クレンツ同志が「政治的理由」で乗り込んできたかと思えば、リュックサックほどの大きさの「携帯電話」を担いだKGB職員や、フルチショフの孫娘を名乗る土産物の売り子が入って来たり、電気仕掛けのプリセツカヤがバレエを踊ったりと、客席に大笑いの声が絶えない。また寝台車で、シーツを被せようとマリアが広げた毛布にはNVA(旧東ドイツ国防軍)のロゴが大きくプリントされており、観客からどっと歓声が上がった。
思いがけず、マリアとマンフレートはKGBの職員にスパイ容疑の濡れ衣を掛けられ、シベリアの原野の真っ只中で途中下車を命じられる。2人は馬車と徒歩でフランクフルト・オーデルに惨めな姿で帰りつく。結局2人は日本には行きつけなかったのだが、マリアは諦めない。「東回りがダメなら、西回りで行けばいいんだわ。アメリカ経由よ。ねえマンフレート、行ってみようよ、アメリカへ!」マリアのこの新たな計画に、マンフレートが「てやんでェ、これでまた元の黙阿弥かヨ!」と憎まれ口をたたくところで幕。
歌あり、踊りあり、東ドイツネタのジョークあり、外国人に対する偏見ジョークありと溢れんばかりにバラエティーを満載した2時間分のチケットがたったの16マルクというのはどう考えても安い!舞台で俳優の口を通して語られる日本に対するひどい誤解も、フランクフルト・オーデルの普通の市民、マリアとマンフレートの無知を滑稽に浮き立たせる効果を果たしており、日本や日本人に対する偏見を煽るものでは決してない。ただ、日本人として、「技術のわりに生活水準が低く、女性の地位が低い」というステレオタイプを、全く根拠を欠いていると一笑に伏せないことも確かだが…。劇が終った後、じんわりと伝わってくるのはフランクフルト・オーデルの人々の、遥かなる日本に対する素朴な憧れの感情だった。フランクフルト・オーデルに住まう一日本人として、将来、この町と日本の間に交流が深まる(始まる?)ことを願わずにはいられなかった。
「オーダーヘーネ」は、市役所からオーデル川に向かって徒歩約2分。狭い路地の一角にこんなイカした小劇場を見つけた日には、ここフランクフルト・オーデルも捨てた町ではないな、という気持ちになってくるのである。
この劇では、マリア役のダグマル・ゲルプケ、マンフレート役のベルント・シュトルヒ、「オノ・ヨーコ」からロシアの土産物売りまでを演じるマルギット・メレルがいずれも好演しているが、その中でもキラリと光るのが、隣人のヴェルナーから舌の回らないトヨタの日本人社員、クレンツ同士、KGB職員まで、脇役を見事に演じ分けるヨハネス・グライネルの印象的な名演技であった。フィッシャー夫妻のアメリカ行きに、早くも興味が湧く。来年の夏季公演が待ち遠しい。
「オーダーヘーネ」のホームページのURLは以下の通り。フランクフルト・オーデルにお越しの際には、ぜひとも足を運んでいただきたいスポットである。
http://www.oderhaehne.de/
*「オーダーヘーネ」の芸術監督、ヴォルフガング・フリーダーさんにお話を伺いましたので、以下に記します。
Wolfgang Flieder さん(51)
私はベルリンの出身で、1989年からここフランクフルト・オーデルで働いています。私たちの「オーダーヘーネ」は1976年に創設され、今年25周年を迎えました。現在、俳優は私を含めて5名、音楽家が1名、技術者が1名、そこに事務のスタッフが加わって総勢10名で劇場を運営しています。
本日ご覧いただいた「不可能の文字はない」の脚本は、クラウス・レットケが中心となり、クラウス・ダンネッガーと私が協力して、3人で書き上げました。
夏季公演は今年で3回目です。1回目は文学的なテーマに取り組みましたが、2年目は、本日の出し物「不可能の文字はない」にも登場したフィッシャー夫妻が主人公を演じる喜劇を上演しました。そこでの設定は、フィッシャー夫妻がカプリでの日没を見るため、イタリアまで出掛けるというものでした。イタリアからの帰途、フィッシャー夫妻はポーランド人のトラクター運転手に拾われてここフランクフルト・オーデルまで帰り着くのですが、このポーランド人が柔道家で、劇の最後に、日本での美しい日の出を一目みたいと思っている、と言うんですね。そこで、今回はフィッシャー夫妻を日本に連れていくことを思い付きました。当初はシリーズ化を想定していませんでしたが、図らずもシリーズになってしまった、というわけなんです。今回の「不可能の文字はない」には日本語のセリフや、折り紙、箸などが登場しますが、こういう日本に関する一般的な知識は、東ドイツ時代に、チューリンゲン地方の避暑地のズールという町に実在した日本料理店で身に付けました。それから、今私が住んでいるベルリンのへラースドルフという地区に、1991年から日本の高校があるのですが、そこにお母様が日本人で、お父様がドイツ人という大変親切な女性の教師がいらっしゃるのです。その方からも、日本語の挨拶や折り紙などを習いました。しかし、カバレットの中で、日本についての知識を観客に説明する、というのは非常に難しいことなのです。ドイツ人は普通、日本というと、経済大国で、島国で、世界で最初に原爆が投下された国であり、食事には箸を用い、盆栽発祥の地である、というようなことしか知りません。しかし、一般的な知識がまだまだ少ないとは言っても、私たちドイツ人が日本人や、今回の「不可能の文字はない」にも登場したロシア人などの外国人を憎まなければならない理由はどこにもありません。
私たちの活動の拠点であるフランクフルト・オーデルでは、半導体チップ工場ができるということで盛り上がっているのは御存知の通りですが、私はフランクフルト・オーデルがチップ工場だけに頼ることには反対です。工場というのはどれもそうですが、うまく行くこともあれば、うまく行かなくなる時だってあるでしょう?しかし、フランクフルト・オーデルには東ドイツ時代に8000人もの熟練労働者を抱えた大チップ工場がありました。新しい工場ができて、今職を失っている熟練労働者たちがそこに再就職できればいいのに、と思います。
私たちの「オーダーヘーネ」のような小劇場は、ほぼ観客が支払うチケット代のみに頼って命をつないでいます。チップ工場ができて、フランクフルト・オーデルの住民の失業率が下がり、人々のポケットにお金が入るようになると、「さて、今日は劇場にでも行ってみるかな」と思う人も当然増えることでしょう。失業している人はなかなか劇場に行ってみようなんて気になりませんからね。人々に仕事が来れば、この町での生活にもっと楽しいことが増えることでしょう。
最近フランクフルト・オーデルには「クライスト劇場」という大変立派な劇場が建設されました。町に劇場ができるのは非常にいいことだと思います。しかし、私がとても残念に思うのは、東ドイツ時代から続き、一時は300人もの団員を擁した「フランクフルト・クライスト劇団」が解散に追い込まれてしまったということです。町が文化機関を廃止するなんて、貧困証明書以外の何物でもありません。町の豊かさというのは、文化事業にそのまま反映されるものなのですよ。金がないから文化予算でも削ろうか、というのは、全く持って最悪の状況を示しているのですが、それがここフランクフルト・オーデルで実際に起こってしまったのです。「クライスト劇場」はなるほど非常に立派な建物で、いろんな素晴らしい機能を備えてはいますが、そこに命を吹き込むべき地元の劇団がなくなってしまいました。フランクフルト・オーデルのような田舎の劇団に何が求められているかというと、市民が個人的に好意を持つことのできる「お目当ての俳優」なのです。地元の人たちというのは「私のあの俳優」を見るために劇場に足を運ぶものなのですよ。例えば、私たちの「オーダーヘーネ」にやってくる観客のほとんどはそうです。俳優の一人が出演していなかったりすると、客席から即座に質問が飛びます。「ちょっと、今日あの人出てないけど、どうかしちゃったのかい」なんてね。「クライスト劇場」では、素晴らしい劇団がやって来てはゲスト公演をしているようですが、大多数の観客にとって彼らは「知らない人たち」に過ぎません。半年とか一年に一回やってくる劇団にシンパシーを感じる人は少ないのではないでしょうか。
最後に日本の皆様に、地震や津波などの災害が来ないことと、広島と長崎の悲劇が繰り返されないことをお祈り申し上げたいと思います。日本は遠い国ですが、私もいつの日か是非行ってみたいと思っています。日本で公演できれば最高ですね。
(2001.07.12)