Takuya Tsukahara塚原琢哉
(撮影:ボイチェフ・プラジモウスキ)

 

 

前略)
 平和とは何か? ヤスナグラの「黒いマドンナ」を知ったときから。私の求めたものを探し出す旅が始まったのであり、幸福の青い鳥を探すような私の旅の中で出会ったポーランドのマドンナは、いろいろな姿でその意味を伝えていたのであった。私が「オストラブラムのマドンナ」を撮影したときに、初めて聖なる母の慈しみ、嘆き、悲しむ姿の中に隠されていた平和の鍵を見つけることができたと思っている。それは林檎に象徴された「宿命」、すなわち「生と死」の輪廻転生であった。
 平和とは決して豊かに暮らすことではないのだ。
 (中略)
 しかし、多くのイコンに象徴として描かれていた林檎には、「生」として希望があることも暗示している。(中略)
 現代音楽の先駆者ペンデレツキの作曲した「HIROSHIMA」には、他者の死に対する鎮魂が込められている。悪魔の兵器、原子爆弾に囲まれた闇の世界に、未来をしっかりと抱いて守るマドンナの姿を見た。私が探していた平和の意味が、ポーランドに伝承されてきたマドンナによって分かりかけてきた。平和を守るということは、決して「未来」に蓋をしないことなのだ。


 

101のマドンナ ポーランド・イコン巡礼』(毎日新聞社刊)より抜粋。


 1937年、東京生まれ。1959年、日本大学芸術学部写真学科卒。1963年、(株)スタジオタック設立。
 1972年に画家ガーベル・レホウビッチ氏の招きでポーランドを訪問。以後、文化庁派遣芸術家在外研修員(第1回写真派遣)を含めて、訪ポは50回以上に及ぶ。1976年、ヨーロッパ写真連合ユーロフォト会員となり、1979年にはポーランド芸術写真家協会名誉会員に。
 1981年、ストライプハウス美術館設立、現代美術と写真の紹介を始める。
 1984年よりポーランドのマリアイコンの調査、撮影を始める。1996年、リトアニアのオストラブラムの聖母イコンを最後に「マリア幻想」の撮影を完了。ローマ法王ヨハネ・パウロ2世に謁見しポーランドイコンのポートフォリオを献上。
 1999年、毎日新聞社より「101のマドンナ ポーランドイコン巡礼」出版、アンジェイ・ワイダ氏が序文を寄せる。


(ローマ法王に謁見)


ポーランド関連の主な個展

1970年 「One Certain World」ポーランド写真ユニオンギャラリー12年を巡回。
1974
年 「One Certain World」ジャーナリストギャラリー
1976
年 「White Play」ポーランド6都市を順回。
1988
年 「Ocean Fantasy」グダニスク、
1989
年 「Ocean FantasyG.Pギャラリー(ワルシャワ)
1996
7年「マリア幻想」ヤスナグラ修道院美術館
1998
年 「ポーランドの二つの祈り」コンタックスサロン
     Polish MadonnasPolish Institut e Stockholm
 
    「Ocean Fantasy」クラクフ国立美術館日本美術・技術センター   

Manggha

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受賞=

1975年 第25回日本写真協会賞
1976
年 ポーランド文化省賞(ワルシャワ国際ポスタービエンナーレ)
1992
年 ポーランド共和国黄金功労勲章

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出版=
1969
年 「瀬戸絵皿の美」社会思想社
1972
年 「古伊万里図鑑」大門出版
1973
年 「塚原琢哉の触角的空間「白い遊び」」ギャラリープレス
1981
年 「銀の日記」 ストライプハウス美術館
1990
年 「海原幻想」 ストライプハウス美術館
1999
年 「101のマドンナ・ポーランドイコン巡礼」毎日新聞社
     「サボテン幻想」毎日新聞社

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コレクション=
オークランド美術館(カリフォルニア)
日本大学芸術学部図書館
ICOGRADA
 ベルリン
日蓮宗久寺図書館
サンピア大阪(写真陶板壁画)
東京都写真美術館
ヤスナグラ修道院美術館
ヴァチカン
クラクフ国立美術館日本美術・技術センター「Manggha