トルンにて 1997年5月

 

 初めてポーランドを訪れたのは、1995年6月でした。前駐日大使のH.Lipszyc氏が私達の舞台を見に来られたのをきっかけに、写真家の塚原琢哉氏に連れられて、ボスの千賀ゆう子とワルシャワとクラクフを訪問しました。アングラ演劇出身で、1983年に東京でカントルの「死の教室」に衝撃を受けていた私にとって、ポーランドは憧れの地でもありました。


 その後、様々な出会いを経て、1996年10月に「古事記をめくる」(構成・演出/千賀ゆう子)をルブリンの第1回コンフロンテーション国際演劇祭、クラクフのロツンダ・カルチャー・センター、ワルシャワのテアトル・マウイで上演。ルブリンの演劇祭は本当に素晴しいものでした。会期中の4日間滞在し、様々な演劇人、ボランティアのスタッフたちと交流しました。また、テアトル・マウイの黒で統一された劇場空間には惚れ込み、同時にスタッフの優秀さにも唸りました。


 また、千賀の一人語り「曽根崎心中」もワルシャワ大学の日本学科の学生のために上演しました。約4週間滞在しました。
 1997年5月には、公演の準備のために一人で、ワルシャワ、トルン、クラクフ、ルブリンを駆け足で回りました。トルンでは、国際演劇祭コンタクトから招待され、ロシア、ベルギー、オランダの劇団を観ました(ポーランドの劇団が観られなかったのが残念)。

 同年10月に、「夜長姫と耳男」(作/坂口安吾 構成・演出/千賀ゆう子)をワルシャワ大学、カフェ・ナタリー、クラクフのテアトル・ステュで上演しました。また、ルブリンの演劇祭も訪問、ボランティアの高校生たちと再会。ツアー最後のクラクフ公演でのお客様の熱い熱い拍手と歓声が忘れられません。約3週間滞在しました。

 そんなこんなで、すっかりポーランドにはまってしまいました。海外での公演はポーランドが初めてではありませんでしたが、ポーランドから頂いたものは、はかりしれません。


 というわけで今年、1998年もぜひ訪れたいと思っています。まだどうなるかわかりませんけど。

たんげ まこと(役者・制作/劇団千賀ゆう子企画の「番頭」)

E-mail tange@big.or.jp
http://www3.big.or.jp/~tange

(1998.6.8)

 


【丹下一略歴】

東京都出身。早稲田大学演劇学科卒。
1978年に劇集団流星舎(主宰/森尻純夫)に参加。81年の解散まですべての舞台に出演。
1983年、迦樓羅舎を設立。現在に至る。
現代演劇から民俗芸能まで豊富な知識、経験に裏打ちされた実践活動は古典から現代までを網羅している。迦樓羅舎での公演のほか、DA・M、新人類人猿、I.Q150など客演多数。千賀ゆう子企画との共同作業は,1983年の「桜の森の満開の下」以来、16年にわたる。制作、マネージメントを担当し、出演も。千賀企画での主な出演作品に、「古事記をめくる」1〜2、「岡本かの子抄」2〜3、「夜長姫と耳男のためのエチュード」、「花の下にて」など。1996年、97年のポーランド公演を制作。

 

 

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